ホテル・ルワンダの男 / ポール・ルセサバギナ
An Ordinary Man / Paul Rusesabagina (2006)


2009年/堀川志野舞訳/ヴィレッジブックス
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(初出:web-magazine「e-days」Into the Wild2009年4月5日、若干の加筆)

作られた歴史と受け継がれてきた教訓

 『ホテル・ルワンダの男』は、テリー・ジョージ監督の映画『ホテル・ルワンダ』のモデルになったホテル支配人ポール・ルセサバギナが、その生い立ち、94年のジェノサイドとその後を綴ったノンフィクションだ。フツ族とツチ族をめぐるジェノサイドについては、<隣人による殺戮の悲劇>で比較的詳しく書いているので、そちらを参照されたい。フツ族のポールは、ジェノサイドが起こったときに、彼の妻を含むツチ族の難民たちをホテルに収容し、人脈や賄賂などのあらゆる手を尽くして1200人以上の命を救った。

 筆者がポールのことを最初に知ったのは、「ニューヨーカー」のスタッフ・ライターであるフィリップ・ゴーレイヴィッチが98年に発表した『ジェノサイドの丘』を原書で読んだときのことだ(その頃はまだ日本語版が出ていなかった)。この本のポールに関する記述のなかでは、彼とウェンセスラスという神父との対比が印象に残っている。

 この神父は、ツチ族の母親をホテルに預けていたが、母親を連れてきたときにこう言ったという。「ポール、うちのゴキブリを連れてきてやったぞ」(差別意識を持ったフツ族の人々は、ツチ族をゴキブリと呼んでいた)。ゴーレイヴィッチはふたりを対比して、このように書いている。「なにがウェンセスラスを弱くしたのかには興味はなかった。わたしはなにがポールを強くしたのかを知りたかった――だがそれはポール自身にも説明できなかった

 『ホテル・ルワンダの男』には、その答え、あるいは少なくとも彼の行動の源にあったものが示されている。ポールはまず、ルワンダ人にとって歴史がいかに重要な位置を占めていたのかを強調する。

ジョージ・オーウェルはかつて「過去を支配する者が未来をも支配する」(『1984年』より)と言ったが、ルワンダほどその言葉が真実味を帯びている国は他にない。大勢の普通の人々が隣人に鉈を振り下ろしたあの1994年の恐ろしい春、彼らは犠牲者に対してではなく、過去の亡霊に向かって鉈を振るっていたのだということを私は強く確信している。彼らは人の命を奪うことよりも、過去を支配することに必死だったのだ


  ◆目次◆

序文   ホテルと鉈のあいだで
第1章 バナナビールの国
第2章 フツとツチ
第3章 ホテルマン
第4章 煽動
第5章 虐殺の朝
第6章 ホテル・ミル・コリン
第7章 命綱
第8章 黙殺されたジェノサイド
第9章 脱出
第10章 残骸
第11章 平凡な人々

 

 しかし、それは彼らの過去ではなく、ヨーロッパの支配者たちが作り上げた過去であり、歴史だった。ではポールは、ルワンダ人を操る歴史の力とどのように対峙し、難民たちの命を救ったのか。彼は父親や祖父から、歴史とは違う教訓を受け継いでいた。

我々には喜んで人を家に招き入れるという国民性がある。その点でルワンダ人の価値観は中東のベドウィンに非常に似通ったところがある。赤の他人を受け入れ寝床を提供するということが、善行というより自然な行為になっているのだ。ヨーロッパからの支配者が来るまで、ルワンダにはホテルというものが一軒もなかった」 「ルワンダ人はどんな状況にあっても、困っている者に避難する場所を提供する。私はこの教訓を真理とし、誰もがそう感じているものだと信じて大人になった

 ポールはそんな教訓を、言葉を通して受け継いだだけではない。彼の父親はそれを過去に実践している。1959年にルワンダの自治・独立をめぐってフツ革命が起こったとき、父親は、革命に続く大量虐殺を逃れてきたツチ族を受け入れた。ポールの一家と難民たちは、襲撃に備えて、家のなかではなく庭で夜を過ごした。1954年生まれのポールは、そのときに何が起こっていたのかを後に知った。そして、94年のジェノサイドでその教訓を生かし、支配者によって作られた歴史と対峙したのだ。筆者には、ホテルが一軒もなかったルワンダで受け継がれてきた教訓が、ルワンダを代表する外資系ホテルという空間で実践されたことが、非常に象徴的なことのように思えた。

 それから、これはポールと何の関係もないことだが、ジェノサイドに関わりのあるアルバムにも触れておきたい。現代のジャズ界を代表するベーシストのウィリアム・パーカーが2007年にリリースした『Corn Meal Dance』。このアルバムの2曲目に収められた<Tutsi Orphans(ツチ族の孤児)>では、ジェノサイドの悲劇が取り上げられている。パーカーのRaining On The Moon名義のアルバムにはヴォーカルが入り、パーカー自身が詞も書いているが、この曲に込められた深い哀しみには心を揺さぶられる。

《参照/引用文献》
『ジェノサイドの丘』(上・下)フィリップ・ゴーレイヴィッチ●
柳下毅一郎訳(WAVE出版、2003年)

(upload:2009/07/09)
 
《関連リンク》
隣人による殺戮の悲劇――94年にルワンダで起こった大量虐殺を読み直す ■
ロメオ・ダレール 『なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか』 レビュー ■
死を生産するデス・ファクトリーとしてのジェノサイド
――『ルワンダの涙』と『フリージア』をめぐって
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