[ストーリー] ペルー中西部、コルディエラ・ブランカ山の麓にある周囲から孤立した村。14歳の娘マディヌサ(Madeinusa)は、姉妹のChale、父親のCayoとともにそこに暮らしている。母親は家族を捨ててリマに行ってしまったらしい。
この村で行なわれる聖週間の儀礼は他とはまったく違っている。イエスの受難の金曜日から復活の日曜日までは、神が不在となる時間であり、罪というものも存在しなくなるのだ。マディヌサの父親は村長でもあり、先頭に立ってこの伝統を守りつづけてきた。
ところが、聖週間の直前に、リマから来た地質学者の若者Salvadorが事情で村に滞在することになる。余所者に儀式を見られたくない村長は彼を監禁しようとするが、リマに憧れを持つマディヌサは、若者に惹かれていく。そして、神が不在の3日の間に、彼らの運命が大きく変わっていくことになる。
『マディヌサ(原題)/Madeinusa』(06)は、ペルーのリマ出身のクラウディア・リョサ監督の長編デビュー作です。彼女は、ラテンアメリカ文学を代表する作家マリオ・バルガス・リョサの姪でもあります。レビューのテキストは準備中です。とりあえず簡単な感想を以下に。
この映画には、シュールなイメージやエピソードがちりばめられています。聖週間のために、村の広場には装飾がほどこされた時計が登場します。時計係の男は眠ることも許されず、数字のカードをめくり、時間を知らせます。イエスが死んだ時間を過ぎると、カードが白地から赤地になり、その色が神の不在を意味します。
この儀式には様々な解釈ができそうです。単に神が不在なのではなく、征服者の神が不在になると見ることもできます。ヒロインのMadeinusaという名前は、Made in USAを縮めたもので、アメリカ合衆国が新たな征服者になっていると見ることもできます。
また、キリスト教に限らず、植民地主義のなかで西洋人から押し付けられてきたイメージに対して独自の考察を加えていると見ることもできます(インドの女性作家キラン・デサイの『グアヴァ園は大騒ぎ』のレビューでそんなことを書きました)。村の男たちが、ネクタイをして集会所に集まり、順番にハサミでそのネクタイを切断したあとで、饗宴が始まるという展開も印象に残ります。 |