約束の地
Jauja


2014年/アルゼンチン=デンマーク=フランス=メキシコ=アメリカ=ドイツ=ブラジル=オランダ
/カラー/110分/スタンダード(四隅が丸い)
line
(初出:)

 

 

出発点も終着点もない旅への誘い
“消え去ったもの”を通して世界を見る

 

[ストーリー] 誰もたどり着いたことのない伝説の地“ハウハ”についてのテロップで幕を開ける本作は、1882年のパタゴニアを訪れたひと組の父娘の物語だ。

 アルゼンチン政府軍による先住民の掃討作戦に参加しているデンマーク人エンジニア、ディネセン大尉の美しきひとり娘インゲボルグが、海辺の野営地から忽然と姿を眩ました。娘を愛してやまないディネセンは必死の捜索を繰り広げるが、思わぬ障害や険しい地形に行く手を阻まれてしまう。やがて馬を失って広大な荒野で孤立したディネセンは、一匹の犬に導かれるようにして摩訶不思議な世界にさまよい込んでいくのだった――。[プレスより]

 アルゼンチンの異才リサンドロ・アロンソ監督の『約束の地』(14)は、ゆっくりとしたリズムで物語が進み、次第に現実と幻想や夢、現在と過去や記憶、自己と他者などの境界が曖昧になっていく。アキ・カウリスマキ作品の撮影監督として知られるティモ・サルミネンがとらえてみせるパタゴニアの神秘的な風景の効果も大きい。

 この映画には、ジョン・フォードの『捜索者』(56)やヴェルナー・ヘルツォークの『アギーレ/神の怒り』(72)などを連想させる要素があるが、筆者が思い出していたのは、ポルトガルの新鋭ミゲル・ゴメスが作った『熱波』(12)のことだった。2作品には、テーマを明らかにしてくれるようないくつかの注目すべき共通点がある。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/製作   リサンドロ・アロンソ
Lisandro Alonso
脚本 ファビアン・カサス
Fabian Casas
撮影 ティモ・サルミネン
Timo Salminen
編集 Gonzalo del Val, Natalia Lopez
音楽/製作 ヴィゴ・モーテンセン
Viggo Mortensen
 
◆キャスト◆
 
ディネセン大尉   ヴィゴ・モーテンセン
Viggo Mortensen
インゲボルグ ヴィールビョーク・マリン・アガー
Viibjork Malling Agger
洞窟の中の女 ギタ・ナービュ
Ghita Norby
Angel Mikibar Esteban Bigliardi
Pittaluga Adrian Fondari
  Diego Roman
  Mariano Arce
  Misael Saavedra
-
(配給:ブロードメディア・スタジオ)
 

 『熱波』の物語は、現代ポルトガルの都市を舞台にした「楽園の喪失」と植民地時代のアフリカを舞台にした「楽園」の二部で構成されている。『約束の地』は、誰もたどり着いたことのない伝説の理想郷“ハウハ(Jauja)”への言及から始まり、本編からは植民地主義や白人優越主義が浮かび上がり、さらに異なる時代への跳躍が起こる。

 『熱波』の画面サイズはスタンダードが採用され、映像はモノクロで撮影されている。二部では、サイレントの映像にナレーションを重ねるような独特のスタイルによって、自己と他者、回想と想像の境界が曖昧にされていく。『約束の地』では、四隅が丸みを帯びた変形スタンダード・サイズの映像が生み出されている。演出ではサイレントが意識され、ナレーションを通して現実と幻想、自己と他者の境界が曖昧にされていく。

 そしてもうひとつ見逃せないのが、幽霊の噂だ。『熱波』には、幽霊にまつわるプロローグがある。そこに登場する男は、最愛の妻を亡くした喪失感から逃れるために、アフリカの未開の地を突き進むが、妻の幻影はどこまでもつきまとう。ならば死ぬしかないと彼はワニが潜む川に身を投げる。その後、一帯には物憂げなワニと女性の幽霊を見たという迷信じみた噂が絶えることがなかった。

 『約束の地』では、主人公ディネセンの愛娘インゲボルグが姿を消す以前に、荒野に消えた大佐の噂が飛び交っている。そして、娘を探すディネセンの旅にも、姿を消した大佐の気配が漂う。さらにこの映画では、自分を傷つける犬の存在が、『熱波』におけるワニの役割を果たしているともいえる。

 ミゲル・ゴメスと同じように、リサンドロ・アロンソも、消え去ったもの、あるいはその痕跡を独自の視点と表現で掘り下げている。『約束の地』で消え去るのは、大佐や娘だけではない。犬は不在の主を恋しがって自分を傷つけていたことがわかる。娘が拾う兵隊の人形も消え去ったものの痕跡であり、それは時空を超えて登場人物たちに語りかける。

 消え去ったものの噂を耳にし、消え去ったものを追い、消え去ったものの痕跡に触れるディネセンの旅には、やがて始まりも終わりもなくなり、生と死の境界すら消え去ることになる。


(upload:2015/05/19)
 
 
《関連リンク》
ミゲル・ゴメス 『熱波』 レビュー ■
クリス・マロイ 『 180°SOUTH / ワンエイティ・サウス』 レビュー ■
クラウディア・リョサ 『悲しみのミルク』 レビュー ■
クラウディア・リョサ 『マディヌサ』 レビュー ■
カルロス・ソリン 『エバースマイル、ニュージャージー』 レビュー ■
フェルナンド・E・ソラナス 『ラテンアメリカ 光と影の詩』 レビュー ■
シーロ・カペラッリ 『フラミンゴの季節』 レビュー ■

 
 
amazon.comへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp