[ストーリー] 主人公の少年ハッダーは父親と二人暮らしで、母親はすでにこの世にない。学校では受身の性格が災いして、フィリップやアレックスという押しの強い同級生からバカにされたり、利用されたりしている。父親は夜になるとポスター貼りの仕事に出て行くため、ハッダーは夜をひとりで過ごす。
ある日、壁に貼ったポスターから妖精が飛び出してきて、世界を救うために彼が選ばれたことを告げる。世界はあまりにも広すぎるため、ハッダーはとりあえずインド洋に浮かぶグランビルアという小さな島を選び、フィリップやアレックスにも声をかけて、一緒に救おうと考えるが――。
デンマークの人気作家ビャーネ・ロイターのファンタジーを映画化した『ハッダーの世界』は、ヘンリク・ルーベン・ゲンツ監督の長編デビュー作になる。その世界や登場するキャラクターには、ジャン=ピエール・ジュネの作品に通じるものがある。
まず、登場人物たちが独特のこだわりを持っている。主人公のハッダーは、学校の帰りに必ず近所のパン屋に立ち寄り、同じ菓子パンを買う。担任の女性教師が漂わせる香りに敏感に反応し、香水のことをしつこく尋ねる。拡大鏡を使って地球儀などを熱心に観察する。学校でハッダーの隣に座るアイスランド人の女の子は、アイスランドの伝統的な料理に愛着があり、学校に持ってきてみんなの前で勝手に紹介を始めるのだが、材料や形状がグロテスクだったりするため、女性教師が気を失ってしまう。
ジュネを連想させるのは、そうした独特のこだわりが孤独と結びついているからだろう。ハッダーは最初に妖精が現れたときに、選ばれたことを喜ぶのではなく、母親が不在で、キッチンの修繕も必要な自分の家ではなく、両親がそろっていて、裕福なフィリップの家にでも行ってくれればと思う。だが、そのフィリップは両親が離婚しようとしていることに悩み、孤独に苛まれている。
この映画の魅力は、ハッダーが妖精に導かれて、ファンタジックな世界に引き込まれていくように見えて、実はどこにも行かないところにある。ハッダーが赤いコートを着た大人の女性ローラと知り合い、彼女に誘われてビッグ・マック・ジョンソンという人気のボクサーの試合を見に行く場面などは、かなりファンタジックに見える。だが、そうした要素を通してハッダーのなかでなにかが決定的に変わるわけではない。
むしろ彼の波長はいつも同じで、周囲の出来事に対して素直に、正直に向き合う。だから変わるのはハッダーではない。ハッダーは、フィリップの前で彼の両親がいがみ合っていることに触れる。フィリップは腹を立て、ハッダーを敵視するようになる。だがやがて、陰で噂をしている他の同級生たちよりも、ハッダーの方が正直で、信頼できることに気づく。 |