ジャン=ピエール・ジュネ・インタビュー
Interview with Jean-Pierre Jeunet


2010年3月 六本木
ミックマック/Micmacs a tire-larigot――2009年/フランス/カラー/105分/スコープサイズ/ドルビーSRD
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(初出:「キネマ旬報」2010年9月下旬号)

 

 

私の映画は実写マンガのようでもある
――『ミックマック』(2009)

 

■■ハンディキャップを抱える人物が大きな力に対抗していく■■

 10年前にスペインの新鋭監督ハビエル・フェセルにインタビューしたとき、彼はジャン=ピエール・ジュネの『デリカテッセン』の魅力をこのように語っていた。

「たぶん15回は観ているし、多くのことを学びました。その世界を形作っている道具や衣装、色などは、実はすべて私たちの手の届くところにあるものばかりなのに、それらがみな少しずつズレていることが素晴らしい効果を生み出す」

 ジュネにとって5年ぶりの新作となる『ミックマック』でもそんな独自の感性が際立っている。彼は、ユニークなキャラクターや造形、三輪トラック、サーカスの大砲、ねじ巻き式目覚まし時計などの道具によって、もうひとつのパリを作り上げてみせる。

「私は、たとえばナショナル・ジオグラフィックの世界のようなドキュメンタリーはすごく好きなんですが、監督としては、あるものをそのままリアルに描くことに興味がありません。自分のヴィジョンを通して見たときにどう映り、どう描くかが重要だと思います。フェリーニやティム・バートン、クストリッツァ、キューブリックなどが、彼らのヴィジョンを通して描いたときにアートになるということです。私自身はすべて直感的に判断しているので、自分で分析することは難しいですが、実際にあるものからいかにズレを生み出すかによって、オリジナリティが生まれ、面白さが増すのではないかと思います」

 『ミックマック』では、頭に流れ弾が残ったまま生きる主人公バジルが、父親の命を奪い、彼の頭を傷つけた武器を製造する兵器会社に大胆なイタズラを仕掛けていく。

「弱い者が強い怪物に立ち向かっていくという構造ですね。私の以前の作品にもよく取り入れられています。自分では『アメリ』にもそういう構造があると思います。とても内気で人前でなにもできない女の子が、そのハンディキャップを乗り越えて良好な対人関係を作り上げていく。そういう意味では『アメリ』でさえ共通するテーマを扱っていることになります。この新作の場合は、それぞれに社会的なハンディキャップを抱え、身寄りのない人物たちが集まってきて、大きな力に対抗していく。だからコミカルではあっても、心を動かすものがあるのだと思います」

■■ヴィジュアルがまず大事、言葉遊びを楽しむ台詞も大切■■

 『デリカテッセン』の道化師ルイゾンや『ロスト・チルドレン』の怪力男ワン、そして『ミックマック』に登場する軟体女や人間大砲の記録保持者。ジュネが生み出すキャラクターは、道化師や曲芸師のようなオーラを放ち、身体の表現が印象に残る。

「私にとって大事なのはまずヴィジュアルです。そういう意味でもいまおっしゃったように、道化師とか曲芸師など身体で表現することは、とても重要な要素になっています。その一方で私は、台詞というのも大切だと思っています。なぜフランス語の作品を作るのかといえば、言葉遊びを十分に楽しめるからです。この映画にもレミントンという黒人のキャラクターが登場します。彼はいまではまったく使われていないような昔の言葉や表現を使って会話をします。外国で公開されるときにそれがどのように翻訳されているのかちょっと心配ではあるのですが、言葉の遊びというのも私にとってはとても重要です。身体、言葉、その他にも衣装であるとか美術だとか音楽、そして様々なディテール、映画に必要なものをすべて使い果たすということが重要なのだと思います」


◆プロフィール
ジャン=ピエール・ジュネ
1953年9月3日、フランスのロアンヌ地方出身。“L’EVASION”(78)で監督デビュー。その後イラストレーターだったマルク・キャロとともに短編アニメ『回転木馬』(79・未)、実写の短編映画『最後は突風の砦』(81・未)を手がける。初の長編映画『デリカテッセン』(91)で、セザール賞4部門を受賞。一躍、彼らの名は世界に広がるとともに、興行的にも成功をおさめた。続く『ロスト・チルドレン』(95)でFOXの目に留まったジュネに来た依頼が『エイリアン4』(97)だった。この作品でフランスからハリウッドへ飛び出したジュネだったが、自分の在るべき場所はパリであると感じる。その後、彼の代表作となる『アメリ』(01)を監督。セザール賞4部門受賞をはじめ、英国アカデミー賞2部門、ヨーロッパ映画賞4部門受賞、アカデミー賞にも5部門ノミネートされ、世界でもっともヒットしたフランス映画となり、ジュネ自身も不動の地位を確立した。2004年には、『アメリ』で出会ったオドレイ・トトゥ主演で、10年間温めつづけた『ロング・エンゲージメント』を、2009年にはシャネルの香水No.5のCMを手がけ、オドレイ・トトゥとの三部作を撮った。
(『ミックマック』プレスより引用)
 
―ミックマック―

◆スタッフ◆
 
監督/脚本/プロデューサー   ジャン=ピエール・ジュネ
Jean-Pierre Jeunet
脚本/台詞 ギョーム・ローラン
Guillaume Laurant
撮影 永田鉄男
Tetsuo Nagata
編集 エルヴェ・シュネイ
Herve Schneid
音楽 ラファエル・ボー
Raphael Beau

◆キャスト◆

バジル   ダニー・ブーン
Dany Boon
フラカス ドミニク・ピノン
Dominique Pinon
ド・フヌイエ アンドレ・デュソリエ
Andre Dussollier
フランソワ・マルコーニ ニコラ・マリエ
Nicolas Marie
プラカール ジャン=ピエール・マリエル
Jean-Pierre Marielle
タンブイユ ヨランド・モロー
Yolande Moreau
ラ・モーム・カウチュ ジュリー・フェリエ
Julie Ferrier
レミントン オマール・シー
Omar Sy
プチ・ピエール ミッシェル・クレマド
Michel Cremades
カルキュレット マリー=ジュリー・ボー
Marie-Julie Baup
(配給:角川映画)

 ジュネの場合はそれらをただ使い果たすだけではない。バジルが口走る意味不明の言葉と廃品がたてる騒音とバックの音楽が一体化していくように、すべてが緻密に結び付けられている。

「(バジルを真似て意味不明の言葉を口走ってから)あれは(バジルを演じる)ダニー・ブーンがワンマンショーのときに使っていたもので、それが面白いので使いました。私はサウンドデザインにはこだわりがあり、すべて意図的に作り上げています。たとえば、(バジルと仲間が武器の取引をした元独裁者ブルンガの密使たちを罠にはめる)空港のシーンがありますが、あそこは演技と音だけではなく、いろいろなディテールがきっちり合わないと、まったく別の空気になってしまいます。そういうシーンがたくさんあります。だからこそ自分が狙っている世界を描くためには、音は欠かせない、どうしても音と映像をぴたりと合わせなければいけない。そのバランスをとるのがとても難しいのです」

 そんなジュネの緻密なサウンドデザインは、アニメーションにおける映像と音楽や効果音の関係を思わせる。

「私の映画には実写のマンガみたいなところがあり、おっしゃるようなアニメーション的な効果というのはとても重要だと思います。私はピクサーのアニメとか、あるいはバスター・キートンのスラプスティックなどをとても重視しています」

 『ミックマック』は、もうひとつのパリを舞台にしたファンタジーだが、そこには現実が埋め込まれている。ジュネは、軍需産業に対するリサーチも行っているからだ。

「実際にベルギーの軍需工場を訪ね、どういう人たちがどういうものを作っているのか見学しました。軍需産業の関係者や元軍人などたくさんの人たちにインタビューしました。映画全体は軽い感じで、マンガ風なところがありますが、そこで語られているのが真実であるからこそ面白いのだと思います」


(upload:2010/05/23)
 
 
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