ハビエル・フェセル・インタビュー

2000年 渋谷
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(初出:「キネマ旬報」2000年6月下旬号)
現実に新たな光をあてる

 スペイン映画界の新鋭ハビエル・フェセルの初監督作品『ミラクル・ペティント』は、火星人まで含む風変わりな登場人物たち、徹底的にディテールにこだわる映像、レトロなガジェットの数々、ほのぼのしていながら毒のあるドラマなどが、ユニークな世界を作りあげる映画だ。また、現実の社会を異化しつつ、不思議な親近感を漂わせるところは、フランスのジュネ&キャロを思わせる。この映画を観て筆者が最初に連想したのは、そのジュネ&キャロの『デリカテッセン』だった。

「わたしの大好きな映画で、たぶん15回は観ているし、多くのことを学びました。あの映画で最も興味深いのは、一見奇妙な世界なのに本当にありそうな空気を感じるところです。その世界を形作っている道具や衣装、色などは、実はすべてわたしたちの手の届くとことにあるものばかりなのに、それらがみな少しずつズレていることが、素晴らしい効果を生む。すべて身の回りにあるものだからこそ、映画がより輝きを放ち、最終的に感動を呼び起こすのだと思います」

 『ミラクル・ペティント』には様々なかたちでスペインの文化や社会が反映されている。たとえばそれはカトリックの伝統だ。主人公の老人ペティントの一族は代々、カトリックの総本山であるヴァチカンに献上する聖体拝領のウェハースを作ることを家業としている。そのペティントは少年時代からずっと、狂信的で執念深い神父につきまとわれ、彼に恐怖を覚えている。

「カトリックの教義では信仰の喜びが賛美されていますが、わたしは子供の頃から、暗い教会や磔のキリストなどに恐怖しか感じませんでした。わたしはミッション・スクールで学びましたが、そこには映画の神父と同じように不寛容な教師がたくさんいました。もっと身近なところにも大きな矛盾がありました。わたしの両親は非常に厳しかったため、テレビはあまり見せてもらえませんでした。しかも性に関する描写があると、キスであってもその瞬間にテレビが消されました。父親は、女の子が足を見せているというだけで、コミック雑誌を取り上げました。ところが暴力の描写については鈍感で、人殺しの場面があっても見ていてかまわないのです」

 この矛盾は皮肉なユーモアとして映画に盛り込まれている。ペティント一族の家訓は幸福な家庭を築くことであり、ペティントと彼の妻になった幼なじみのオリビアは、せっせと子作りに励む。しかし性について正確な知識を得る機会がなかった彼らは、大きな勘違いをしたまま老人になってしまうのだ。

 しかし彼の両親の厳しさは、この映画に別な影響ももたらしている。

「この映画には、いまでは耳にしない昔のスペイン語の語彙が盛り込まれています。ノスタルジックでやさしい印象を映画に与えるのが狙いでした。最近のスペイン映画ではスラングがあまりにも多用され、スペイン語の豊かさが失われているように思うのです。昔は語彙がもっと豊かで、わたしの家では実際にそれが使われていました。子供の頃、スラングを使うのが許されなかったおかげで、そういう言葉を憶えることができたのです」


◆プロフィール◆
ハビエル・フェセル
1964年スペイン、マドリード生まれ。マドリードのコンプルテンセ大学・情報科学学部で映像を専攻。専門分野はヴィジュアル・アーツ。学生時代からスーパー8での映画製作に目覚める。
1986年、リネア・フィルムズという広告会社を設立し、本格的に映像製作の世界へと足を踏み入れ、この後6年間に渡り、100本以上のコマーシャル・フィルムの制作に関わる。[主な制作CM:BMW、ボルボ、赤十字、Baneeto、Telefonica(スペイン電信電話会社)、Telepizza(宅配ビザ)、M&M's、マドリード観光局ほか]。
1992年4月、長年の夢を実現すべくプロデューサーのルイス・マンソを迎え、ペリキュラス・ペンデルトンという映画製作会社を設立。フェセルが初監督・脚本を手掛けた短編「Aquel Ritmillo」はスペイン国内をはじめ世界22カ国の映画祭で賞を受賞。1995年には本作品がスペインの映画最高権威であるゴヤ賞(最優秀短編賞)を受賞している。短編2作目となる「El Secdleto de la Tlompeta(The Secret of Trumpet)」もまた23の映画祭で受賞、うち8つの賞は観客賞である。1作目、2作目ともスペイン、フランス、ドイツでそれぞれ公開され、世界15カ国以上のTV局に権利が売られている。スペイン初の「最も受賞タイトルの多い短編映画」となった短編2作品の成功をもとに、フェセルはこの後「Gomaespuma」(「FormRubber」)というテレビ・シリーズをプロデュース。(13話からなる人形劇でスペインのチャンネル5でオン・エアされた)もちろん脚本の執筆も共同で手掛けている。
『ミラクル・ペティント』はフェセル監督の長編初監督作品で、本国スペインでは1998年のクリスマスにプレミア上映され、大絶賛、大ヒットとなった。
(『ミラクル・ペティント』プレスより引用)


 

 そんなノスタルジックな空気は、子供を得られなかった老夫妻のもとに養子として転がり込んできた天涯孤独の大男パンチート=ホセの心理とも結びついている。彼は何とかして悲劇的な事故で失った母親を取り戻そうとし、ペティント老人はこの息子をやさしく見守るのだ。

「わたしがいちばん興味を持っていたのは、ペティントとパンチート=ホセの関係です。彼らに起こることは、いつどこにでもありうることなので、時代や場所を特定しませんでした。登場人物のなかで魂を持っているのは、ペティント夫妻、パンチート=ホセ、そして波止場で押しつぶされて死んでしまった彼の母親の4人だけです。他の人物は、不寛容や怠惰、日常の繰り返しなどをそれぞれに象徴するだけの存在、魂の抜け殻なのです。だからペティント夫妻が老人になるまで75年の時間が流れているにもかかわらず、老けていくのは彼らだけなのです」

 ペティント夫妻はパンチート=ホセがアフリカの里子だと信じている。夫妻は里子を求める手紙を出し、偶然それを拾った彼が目の前に現れたからだ。

「里子のエピソードには現実に対するわたしの考えが反映されています。アフリカから里子を受け入れ、きちんと教育しようと主張する人がいます。それは立派なことですが、彼らを生まれた土地から引き離してしまうことがその将来にどれだけ影響を与えるかということを無視していることに少し警鐘を鳴らすべきだと思ったのです」

 『ミラクル・ペティント』には、フェセル監督の問題意識が詰め込まれている。これは、身近な現実を少しだけズラしたユニークな世界を通して、現実に新たな光をあてる映画でもあるのだ。

 

(upload:2006/05/31)

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