スペイン映画界の新鋭ハビエル・フェセルの初監督作品『ミラクル・ペティント』は、火星人まで含む風変わりな登場人物たち、徹底的にディテールにこだわる映像、レトロなガジェットの数々、ほのぼのしていながら毒のあるドラマなどが、ユニークな世界を作りあげる映画だ。また、現実の社会を異化しつつ、不思議な親近感を漂わせるところは、フランスのジュネ&キャロを思わせる。この映画を観て筆者が最初に連想したのは、そのジュネ&キャロの『デリカテッセン』だった。
「わたしの大好きな映画で、たぶん15回は観ているし、多くのことを学びました。あの映画で最も興味深いのは、一見奇妙な世界なのに本当にありそうな空気を感じるところです。その世界を形作っている道具や衣装、色などは、実はすべてわたしたちの手の届くとことにあるものばかりなのに、それらがみな少しずつズレていることが、素晴らしい効果を生む。すべて身の回りにあるものだからこそ、映画がより輝きを放ち、最終的に感動を呼び起こすのだと思います」
『ミラクル・ペティント』には様々なかたちでスペインの文化や社会が反映されている。たとえばそれはカトリックの伝統だ。主人公の老人ペティントの一族は代々、カトリックの総本山であるヴァチカンに献上する聖体拝領のウェハースを作ることを家業としている。そのペティントは少年時代からずっと、狂信的で執念深い神父につきまとわれ、彼に恐怖を覚えている。
「カトリックの教義では信仰の喜びが賛美されていますが、わたしは子供の頃から、暗い教会や磔のキリストなどに恐怖しか感じませんでした。わたしはミッション・スクールで学びましたが、そこには映画の神父と同じように不寛容な教師がたくさんいました。もっと身近なところにも大きな矛盾がありました。わたしの両親は非常に厳しかったため、テレビはあまり見せてもらえませんでした。しかも性に関する描写があると、キスであってもその瞬間にテレビが消されました。父親は、女の子が足を見せているというだけで、コミック雑誌を取り上げました。ところが暴力の描写については鈍感で、人殺しの場面があっても見ていてかまわないのです」
この矛盾は皮肉なユーモアとして映画に盛り込まれている。ペティント一族の家訓は幸福な家庭を築くことであり、ペティントと彼の妻になった幼なじみのオリビアは、せっせと子作りに励む。しかし性について正確な知識を得る機会がなかった彼らは、大きな勘違いをしたまま老人になってしまうのだ。
しかし彼の両親の厳しさは、この映画に別な影響ももたらしている。
「この映画には、いまでは耳にしない昔のスペイン語の語彙が盛り込まれています。ノスタルジックでやさしい印象を映画に与えるのが狙いでした。最近のスペイン映画ではスラングがあまりにも多用され、スペイン語の豊かさが失われているように思うのです。昔は語彙がもっと豊かで、わたしの家では実際にそれが使われていました。子供の頃、スラングを使うのが許されなかったおかげで、そういう言葉を憶えることができたのです」
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