ルアンの歌
So Close To Paradise


1998年/中国/カラー/90分/ヴィスタ
line
(初出:「Movie Gong」Vol.13、2000年秋号、若干の加筆)

 

 

フィルム・ノワールを通して
描き出される改革解放以後の現実

 


 人々がどのようなかたちで市場経済や拡大する消費社会の洗礼を受け、急激に変化する時代のなかを生きようとしているのか。

 国家予算に支えられた第5世代と違い、厳しい競争社会のなかで独力で資金を調達し、映画を作る第6世代以降の監督たちにとって、それは身近で切実なテーマといえる。ジャ・ジャンクーは『一瞬の夢』で、 変革の波が押し寄せる地方都市で孤立する若者の姿を通して、現実の歪みを浮き彫りにし、チャン・ヤンは北京を舞台にした『スパイシー・ラブスープ』で、テレビやカセットレコーダー、玩具などを介して繋がるカップルたちの姿を、浮遊感漂う軽いタッチで描きだした。

 ワン・シャオシュアイは、この新作でフィルム・ノワールのスタイルを取り込み、都市の現実と若者の成長が切り離しがたく絡み合った印象深いドラマを作り上げた。時代は、都市と農村の経済格差が広がり、農民の都市への大量流出が深刻な問題となっている80年代末。 観客は主人公の個人的な視点を通して、その現実に触れることになる。

 農村から都市に出てきた若者トンツーは、同郷の兄貴分ガオピンとともに暮らし、てんびん屋≠ニして地道に働いている。危ない橋を渡ることしか頭にないガオピンは、金のトラブルをきっかけにナイトクラブの歌手ルアンホンを誘拐し、力ずくで自分の女にする。 この映画は、そんな三人をめぐるドラマが、過去を回想するトンツーのナレーションに導かれるように展開していく。


◆スタッフ◆

監督/脚本
ワン・シャオシュアイ(王小帥)
Wang Xiaoshuai
脚本 パン・ミン
Pang Ming
撮影 ヤン・タオ
Yang Tao
編集 リウ・ファン/ヤン・ホンユ
Liu Fang/Yang Hong Yu
音楽 リウ・リン
Liu Lin

◆キャスト◆

ルアンホン
ワン・トン
Wang Tong
トンツー シー・ユー
Shi Yu
ガオピン グォ・タオ
Guo Tao
スーウー ウー・タオ
Wu Tao
(配給:ビターズ・エンド)


 トンツーは内心、ルアンホンに強く惹かれ、彼女もまた彼に好意を感じているが、彼らの間には越えることができない明確な一線が引かれている。内気で不器用なトンツーは、決して自分から感情を直接的な行動で表すことができない。一方、ルアンホンには、彼の優しさや誠実さは受け入れられない。 歌手としての成功を夢見ながら裏切られてきた彼女は、それだけでは都会で生き抜けないことを知っているからだ。

 あるいは、こう言い換えることもできる。都会に出てきたものの、農村と同じように低賃金で黙々と働くトンツーは、いまだ新しい社会の洗礼を受けていない。ガオピンと彼女は向こう側の世界で、危険をおかしてでも這い上がろうとしている。そして、いまだ洗礼を受けていないトンツーには、 決して彼らの世界や運命に関与することができない。ある意味でただ見つめるしかないこの彼の眼差しは、非常に身近な場所で現実をリアルにとらえる役割を果たしている。

 しかし同時に、彼は異なる次元で、この一線を越えていく。何とかして彼女に近づきたい彼は、密かに彼女の靴や下着に触れ、やがて彼女の歌へとたどりつく。ひとりでナイトクラブの客になることすら恐れる彼は、高価なカセットレコーダーを購入し、クラブからもれてくる彼女の歌声を録音し、 その歌が彼女に最も近い場所となる。そして、彼女に近づこうとする努力が、結果的に彼に洗礼を与えることになる。

 映画の最後でトンツーと彼女が再会するとき、ガオピンがいた場所は人間ではなく電化製品の倉庫となり、トンツーはその管理人としてそこにいる。彼は、かつてのガオピンや彼女と同じように煙草を吸う人間になっている。テープに封じ込められた彼女の歌だけは何も変わらないが、それは二度と取り戻すことができない時間の証でもあるのだ。


(upload:2001/03/11)
 
 
《関連リンク》
ワン・シャオシュアイ 『在りし日の歌』 レビュー ■
ワン・シャオシュアイ 『我らが愛にゆれる時』 レビュー ■
ワン・シャオシュアイ・インタビュー 『ルアンの歌』 ■
ジャ・ジャンクー 『一瞬の夢』 レビュー ■
ジャ・ジャンクー・インタビュー 『一瞬の夢』 ■
ジャ・ジャンクー 『プラットホーム』 レビュー ■
ジャ・ジャンクー・インタビュー 『プラットホーム』 ■
チャン・ヤン 『スパイシー・ラブスープ』 レビュー ■
チャン・ヤン 『こころの湯』 レビュー ■

 
 
 
amazon.co.jpへ●

ご意見はこちらへ master@crisscross.jp
 

back topへ




■home ■Movie ■Book ■Art ■Music ■Politics ■Life ■Others ■Digital ■Current Issues

 


copyright