『一瞬の夢』は、中国映画界の新鋭ジャ・ジャンクー監督の長編デビュー作である。この映画は、香港資本によって製作され、検閲を受けていないインディーズ作品であることから、中国国内では限定的にしか公開されていないが、すでに世界各地の映画祭で高い評価を受けている。
映画の舞台は、監督の出身地でもある山西省の汾陽(フェンヤン)。改革開放政策の波は、沿海部の地域ばかりでなく、この内陸の街にも押し寄せつつある。主人公の若者小武(シャオウー)は、スリで日銭を稼ぐ生活を送っているが、かつての仲間は更生し、しかも巷では"厳打"と呼ばれる犯罪追放キャンペーンが行われ、仕事がやりにくくなっている。実業家に転身し、地元の名士になったかつての仲間ヨンは、翌日の結婚式の準備に追われているが、小武だけは蚊帳の外に置かれている。小武はカラオケ・バーで働く女メイメイと出会い、彼女と過ごす時間にささやかな救いを見出すが、現実は彼を追いつめていく。
ジャ・ジャンクーは、キャストにアマチュアの俳優を起用し、シンプルで淡々としたドラマのなかに、改革開放政策による社会と人間の変化を鋭く描きだす。日常に浸透するメディアは、人と人の繋がりを確実に変えていく。ヨンの結婚式の話題は地元のテレビにも取り上げられ、誰もが知っていることだが、小武だけがそれを知らない。メイメイは、離れて暮らす両親にこまめに電話をしているが、その電話の会話のなかでは、彼女は北京で女優の勉強をしていることになっている。
そんなドラマでは、小武と彼を取り巻く人々が持つ対照的なふたつの顔が、次第に際立つようになる。小武には、スリという裏の顔があるが、人間としての彼は、かつての約束を守るために結婚の祝儀を直接ヨンに渡しに行ったり、病気のメイメイを直接家に見舞うというように、他者と直に接しようとする。これに対して、ヨンやメイメイは、テレビや電話、ポケベルなどに依存するほどに、本来の自分を失っていく。表面的にはいままで通り他者に心を開いているように装っているが、それは本質的には打算に満ちた顔であって、本当の自分を裏に押し隠していく。
小武がヨンやメイメイに直接会う場面では、彼らのその対照的なふたつの顔に、ずれやよじれが生じる。ヨンは、失った自分を思い出させるような小武の行為に苛立ち、人間ではなくスリとしての小武の顔だけを見つめ、冷たく突き放す。メイメイは、自分を気遣い、直接会いにきてくれる人間がいることに、驚きと喜びを感じてはいるが、スリである彼を完全に受け入れることはできない。彼女は小武にポケベルを渡すが、それはより近づくためではなく、距離を置くためだ。ジャ・ジャンクーは、ふたつの顔のずれやよじれを浮き彫りにするために、彼らが対面する場面を印象的な長回しでとらえている。
そして、このふたつの顔の関係がラストを鮮烈なものにする。小武は、スリとして逮捕され、テレビで晒し者にされる。裏の顔を表に引き出され、人間としての顔を裏に押し込まれた彼の姿は、彼を見つめる人々そのものの姿でもある。彼の惨めさは、そんなふうにして鏡のように周囲の人々や観客へと跳ね返ってくるのだ。 |