ジャ・ジャンクー監督の『世界』の舞台になっているのは、北京に居ながらにして世界を回れる「世界公園」だ。そこには、ピラミッド、エッフェル塔、マンハッタンの摩天楼など、世界の名所旧跡が10分の1に縮小され、再現されている。
世界を身近に体験できるテーマパークは、改革開放以後の中国の象徴といってもよいだろう。ドラマは、その「世界公園」に所属するダンサーのタオと彼女の恋人で公園の守衛主任のタイシェンを中心に、彼らを取り巻く人々の様々なエピソードを交えながら展開していく。
そんなドラマから浮かび上がってくるのは、ふたつの“世界”が生み出す現実の歪みだ。タオは、公園と女子寮を往復する生活を送っている。映画の導入部で彼女は、園内を走るモノレールに乗り、いまインドに向かっていると携帯で恋人に伝える。そのインドでのステージを終え、楽屋に戻ると、かつての恋人が彼女を待っている。モンゴルのウランバートルに旅立つ前に会いにきたのだ。
タオとタイシェンは、彼を北京駅まで送り、それから安ホテルに行く。そこで愛の証を求める恋人に対して、それを拒む彼女は、おそらくはこんなことを考えている。かつての恋人はパスポートを持って外部の世界に旅立ったが、では、毎日世界を回っている自分は一体どこにいるのかと。
やがてタオとタイシェンは、それぞれに外部の世界と繋がる人物と出会い、心を揺り動かされる。タオは、出稼ぎにきたロシア人ダンサーのアンナと親しくなる。だが彼女は、すぐにホステスとして働かされるようになり、妹が暮らすウランバートルに旅立っていく。
タイシェンは、闇で商売をする同郷の先輩から付き添いを頼まれたチュンに惹かれていく。彼女は、海外のブランドのコピーを作って生計を立て、密航した夫がパリのベルヴィル地区に暮らしていた。そして、ビザが取れると、フランスへと旅立つ。
この映画には、そうしたエピソードを際立たせる演出がある。フライト・アテンダントに変身したタオは、アトラクションの合間に作り物のコックピットでタイシェンと密会する。
だが、本物の飛行機を見上げる時の彼女の台詞が物語るように、彼女の周りには飛行機に乗ったことがある人間はいない。しかも皮肉なことに、彼女が見上げる飛行機にはアンナが乗っているのだ。一方、タイシェンとチュンの間には、「世界公園」にはベルヴィルがないという皮肉な会話がある。
タオは、外部の世界に憧れ、彼女を閉じ込める世界のなかで傷ついていくが、それでもビザを餌に擦り寄るビジネスマンになびくことはない。アンナやチュンと違い、彼女を待っている人間がいるのは、外部ではなく目の前の世界であるからだ。 |