プラットホーム

2000年/香港=日本=フランス/カラー/151分/ヴィスタ
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(初出:「中央公論」2001年10月号、加筆)

 

 

深い共感と冷徹な眼差しで描きだされる80年代

 

 中国の新世代の監督たちは、これまで検閲という制約を受けたり、インディペンデントやアンダーグラウンドというスタンスをとりながら、様々なスタイルで改革開放以後の社会や生活の現実を描いてきた。『一瞬の夢』で注目を浴びたジャ・ジャンクーの新作『プラットホーム』は、彼の流儀でこの主題に正面から取り組む作品である。

 映画の中心的な舞台になるのは、ジャ・ジャンクーの生まれ故郷で、『一瞬の夢』の舞台にもなった山西省の小さな町・汾陽(フェンヤン)。主人公は、文化劇団に所属する四人の男女で、彼らの歩みを通して、1979年から91年に至る時代が描きだされる。それはもちろん、改革開放政策によって中国が大きな変貌を遂げていった時代である。ジャ・ジャンクーはそんな変化を、音楽、ファッション、生活環境、劇団の出し物など、風俗を通して描いていく。しかし主人公たちのドラマは、政治と経済的な豊かさ、そして集団と個人の関係を見事に浮き彫りにしてしまう。

 映画はまず最初に、新しい町の建設予定図らしきものの前に集う人々の姿を映し出す。それはまさに革命の理想に向かって前進する集団の姿だ。主人公たちが所属する文化劇団は、毛沢東を讃える劇を上演している。その劇が終わると、移動のバスのなかで点呼が行われる。その点呼もまた、理想に向かう集団を強く印象づける。ところがその翌年には、生まれて初めてパーマをかけた娘が、毛沢東の肖像画の前でフラメンコを踊ってみせる。彼女がまとう衣装の赤には、革命の理想とは異なる感情が宿っている。

 地方にも押し寄せる改革開放の波は、主人公たちの生活を変えていく。これまでは集団で共有されていた物が個人の所有物に変わり、人々は家を囲う壁の上に砕いたガラスを埋め込むようになる。主人公たちは短期間に集団の一員から個人となり、経済改革が進む沿海部からもたらされる新しい音楽に胸を躍らせる。急激な変化ゆえの戸惑いや失敗もあるが、とにかく彼らは自由を味わっているように見える。

 しかしこの映画には、社会の変化を見つめるジャ・ジャンクーのもうひとつの眼差しがある。改革開放への道を切り開いた故ケ小平はかつて、ゴルバチョフの過ちは経済を改革する前に政治的な自由を許したことだと語った。この言葉の裏には、人は経済的に豊かになれば、それほど政治的な自由を意識しなくなるという考えがある。つまり、ケ小平は経済改革を進めているだけで、政治的な自由などまったく許しているわけではない。ジャ・ジャンクーは、この映画でそんな現実を強く意識している。


◆スタッフ◆

監督/脚本 ジャ・ジャンクー(賈樟柯)
Jia Zhang-Ke
撮影 ユー・リクウァイ(余力爲)
Yu Lik-Wai
編集 コン・ジンレイ
Kong Jing-Lei
音楽 半野喜弘
Hanno Yoshihiro

◆キャスト◆

ミンリャン
ワン・ホンウェイ(王宏偉)
Wang Hong-Wei
ルイジュエン チャオ・タオ(趙濤)
Zhao Tao
チャンジュン リャン・チントン(梁景東)
Liang Jing-Dong
チョンピン ヤン・ティェンイー(揚天乙)
Yang Tian-Yi
 
(配給:ビターズ・エンド)
 


 現実に対する彼の視点を明確にするうえで重要な役割を果たしているのが、汾陽の町と文化劇団という設定である。主人公たちは、沿海部の都市から新しい価値観を汾陽に持ち帰り、そして劇団の巡業を通してそれをさらに田舎の町や村に広める。汾陽は中継地点であり、彼らの自由とは、中央が生んだ新たな価値観を地方に広めることでもある。そういう意味では、彼らは操られる駒なのだ。この映画の後半部分に、物憂い空気が漂い出すのは、主人公たちが、巡業に出て汾陽に戻ってくることを繰り返すうちに、心のどこかで自由の幻想を感じとるようになるからだ。

 主人公たちの80年代は、本当の現実から遠く隔てられたところで過ぎていくともいえる。想像することも難しい天安門事件の現場と主人公のひとりが静かに長髪を切り落とす汾陽との距離は、とてつもなく切ない。そして映画は、自由ではなく経済的な豊かさを象徴するシーンで締めくくられるのだ。ジャ・ジャンクーは、深い共感を込めて主人公たちを描きながら、同時に現実を冷徹に見据えている。それが『プラットホーム』の奥深さであり、素晴らしさなのだ。


(upload:2002/01/11)
 

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