28日後...
28 Days Later


2002年/イギリス=オランダ=アメリカ/カラー/114分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:「Pause」2003年、若干の加筆)

ウイルスの脅威、醜悪なエゴ、失われた絆の再生

 『シャロウ・グレイブ』(95)では、共同生活を送る3人の男女のもとに大金が転がり込んだことから、彼らが殺し合いを始める。『トレインスポッティング』(96)では、「自己中心のガキになるほどみっともないことはない」と主張していたはずの主人公が、仲間を裏切り、金を一人占めにする。『ザ・ビーチ』(00)では、楽園を独占する仲間たちの結束が崩れ去っていく。

 ダニー・ボイルの世界では、仲間割れが繰り返されてきた。彼がそんなドラマに関心を持つのは、イギリス社会の変化と無縁ではない。イギリスは80年代にアメリカ型の市場主義を導入し、経済は活性化したが、同時に拝金主義や利己主義がはびこるようになった。この急激な変化を体験してきたボイルが、監督として人間のエゴにこだわるのは不思議なことではないだろう。

 新作の『28日後…』では、エゴがさらに鮮烈に描きだされる。と同時にこの映画は、失われた絆を再生していく物語でもある。ウイルスの蔓延によって無人と化したロンドンは、そんな映画の始まりに相応しい場所だといえる。

 イギリスでは90年代後半から監視カメラが急速に普及するようになり、いまでは大都市を中心に、人々が至るところに設置されたカメラの監視の目にさらされている。そして、映画にもそんな現実が様々なかたちで反映されている。近未来のリヴァプールを舞台にしたアレックス・コックス監督の『リベンジャーズ・トラジディ』(02)には、監視カメラの映像が頻繁に挿入される。サリー・ポッター監督が9・11以後を意識して作り上げた『愛をつづる詩』(04)にも、監視カメラの映像が盛り込まれている。

 筆者がこのふたりの監督にインタビューしたとき、彼らは監視カメラに対する関心をこのように語っていた。

 アレックス・コックス「もちろんたくさんの監視カメラの映像には意味がある。ロンドンには世界のどの都市よりも多くの監視カメラがある。しかしだからといって安全ではない。ロンドンは東京やその他の都市よりも危険だ。そんな状況に国家の性格のようなものが表れていると思って、監視カメラの映像を盛り込んだんだ


◆スタッフ◆
 
監督   ダニー・ボイル
Danny Boyle
脚本 アレックス・ガーランド
Alex Garland
撮影 アンソニー・ドッド・マントル
Anthony Dod Mantle
編集 クリス・ジル
Chris Gill
音楽 ジョン・マーフィー
John Murphy
 
◆キャスト◆
 
ジム   キリアン・マーフィー
Cillian Murphy
セリーナ ナオミ・ハリス
Naomie Harris
ハンナ ミーガン・バーンズ
Megan Burns
フランク ブレンダン・グリーソン
Brendan Gleeson
ヘンリー少佐 クリストファー・エクルストン
Christopher Eccleston
-
(配給:20世紀フォックス )
 

 サリー・ポッター「イギリスは人口に対する監視カメラの普及率が最も高い国で、ロンドンでは私たちは、週に350回くらいカメラに映っているはずです。それはまさに“ビッグ・ブラザー”ですが、それによって誰が誰を管理しているのかということも問題になってきます。一方で、ビルのモニタールームに映し出される映像は、大がかりなインスタレーションのようでもあります。私は、監視のその政治的な側面と審美的な側面の両方をとらえたかったのです

 『28日後…』のロンドンの光景でも、監視カメラの存在が意識され、その映像が盛り込まれている。それは皮肉な光景だ。安全や秩序を象徴するはずだった監視カメラは、目に見えないウイルスの前で完全にその意味を失う。この映画では、そんなロンドンを起点にゼロからのサバイバルが始まり、エゴと絆の再生が描き出されていく。

 新種のウイルスは、感染した人間を瞬く間に凶暴な獣に変えてしまう。だから、自分が生き残るためには、感染したのがたとえ肉親であろうとも、すぐに殺さなければならない。主人公ジムを感染者の襲撃から救った娘セリーナは、彼の目の前でそれを実践する。生き残ることだけが目標となった2人は、フランクとハナという父親と娘に出会っても、彼らのことを足手まといになると考える。

 しかし、この親子と行動をともにし、ラジオの放送を頼りに移動するうちに、そこに家族の絆が芽生える。そんな4人は、放送を流していた軍隊に救われるかにみえるが、感染者ではなく人間のエゴが彼らに襲いかかる。ジムは家族を守るために、鎖に繋がれた凶暴な感染者を解き放つ。この映画では、そんな皮肉な展開が、醜悪なエゴと絆の尊さを浮き彫りにするのだ。


(upload:2009/06/22)
 
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