ダニー・ボイル監督の『ミリオンズ』の主人公は、イングランド北部に父親と暮らす10歳のアンソニーと8歳のダミアンの兄弟だ。ある日、キリスト教の聖人たちに強い関心を持つダミアンが、ダンボール製の秘密基地で聖人の幻影と話していると、空から22万ポンドの大金が降ってくる。その札束は、ポンドからユーロへの切り替えが迫っているため、あと12日間でただの紙切れとなる。そこで、ダミアンは貧しい人々を助け、現実主義者のアンソニーは不動産に投資しようとするが、そんな兄弟には危険な影が迫りつつある。
この映画を見ながら筆者が思い出すのは、ボイルの監督デビュー作『シャロウ・グレイヴ』のことだ。ある日、共同生活を送る仲良し三人組の若者たちのもとに、大金と死体が転がり込み、彼らは、その金をめぐって壮絶な殺し合いを始める。このドラマは、サッチャリズムが生み出した上昇志向や拝金主義に対する痛烈な風刺になっていたが、『ミリオンズ』では、ボイルがイギリスの現在や未来に何を求めているのかが見えてくる。
彼は、改革の歪みは風刺するが、だからといってそれ以前のイギリスに愛着を持っているわけではない。むしろ変化を肯定し、脱イギリス的なヴィジョンを描き出そうとする。ポンドからユーロへの移行もそのひとつだ。
この映画は、兄弟の父親が、母親を亡くしたことをきっかけに心を決め、真新しい郊外住宅地に転居するところから始まる。ダミアンが聖人たちの幻影を見るのは、そのなかに新しい聖人となった母親を求めているからでもある。その母親や一家が暮らしてきた集合住宅は、かつてのイギリスを象徴しているといえる。
そんな過去に別れを告げ、一家が踏み出す場所は、必ずしも理想的な環境ではない。ダミアンは、中流だけが暮らす閑静な住宅地で、貧しい人々を探し出すこともできない。だが、様々な聖人を招来することが、彼の世界を広げていく。ウガンダ人の殉教者に出会った彼は、ファンタジックな結末で、家族をイギリスから遠く離れた未知の世界に導くのだ。
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