アレックス・コックスの『リベンジャーズ・トラジディ』とマイク・フィッギスの『HOTEL』には、イギリス出身の監督ならではともいえる興味深い共通点がある。ふたりの監督はそれぞれの映画で、イギリス・ルネサンスを代表する劇作家の作品、しかも欲望とエロス、血と復讐の物語を取り上げている。
『リベンジャーズ〜』の原作は、現在ではシリル・ターナー作よりもトーマス・ミドルトン作という説が有力になっている「復讐者の悲劇」で、コックスはその舞台を、イタリアの宮廷から2011年のリヴァプールという近未来に変えて映画化している。一方、『HOTEL』では、ドラマのなかで撮影が進められる劇中劇として、ジョン・ウェブスターの「マルフィ公爵夫人」が映画化されていく。つまり、どちらも古典に新たな光をあてている。そのアプローチは表面的にはまったく違うが、実は面白い接点がある。
『リベンジャーズ〜』の近未来世界では、彗星の衝突によってイギリス南部とヨーロッパの一部が壊滅的な打撃を受けている。北部の都市リヴァプールは、この惨事で地盤を失ったためにロンドンから移ってきたギャング、デューク一族に支配されている。そして、10年前にそのデュークに婚約者を毒殺され、没落したヴィンディチが街に舞い戻り、復讐が始まる。登場人物たちは、パンクでグロテスクなファッションに彩られ、宮廷からは程遠い世界になっているが、物語や台詞はかなり原作に忠実に作られている。
この映画でまず注目したいのは、監視カメラに代表されるテクノロジーの支配だ。この映画の冒頭では、デュークが所有する人工衛星のカメラが、イギリス全土のなかから次第にリヴァプールをとらえていく。ヴィンディチが潜んでいるバスはすぐに監視カメラにとらえられ、街に入ろうとする彼は、巨大なディスプレイに映しだされたデュークに迎えられる。このドラマには、その後も監視カメラの映像が頻繁に挿入される。
イギリスでは90年代の後半から監視カメラが急激に普及するようになり、いまでは人々が、大都市を中心に至るところに設置されたカメラの監視の目にさらされている。この映画には、そんな現実が反映されているが、それが単純な批判の対象となっているわけではない。監視カメラの映像は、次第に一般のテレビの映像との境界が曖昧になっていく。抑圧された大衆は、サッカーゲームの中継に興じる。デュークの4男にレイプされ、自ら死を選んだ政治家の妻の悲劇は、ダイアナの悲劇を連想させると同時に、タブロイド的な欲望の対象ともなる。
ウェブスターの古典は、こうした日常生活への監視の浸透によって、新たな生気を吹き込まれる。かつてデュークは、自分のものにならないヴィンディチの婚約者を毒殺した。ヴィンディチは正体を隠し、デュークの長男の右腕となる。その長男は、今度はヴィンディチの妹を自分のものにしようとする。ヴィンディチは、デューク一族の結束を乱し、罠に陥れていく。そんな欲望と憎しみのドラマの背後には監視があり、監視は抜けだすことができない泥沼を作り、映画の冒頭で引用される「人を呪わば穴二つ」のことわざ通りの運命を招き寄せるのだ。
フィッギスの『HOTEL』では、映画の撮影クルーがヴェニスにある古風なホテルに宿泊し、「マルフィ公爵夫人」の映画化を進めている。この戯曲の背後にも監視がある。ヒロインの公爵夫人は、イタリア・カラブリア国の大公と枢機卿であるふたりの兄から、再婚を厳しく戒められるが、彼女の執事頭と密かに結婚し、子供を産む。しかし、彼女の近くには大公と枢機卿のスパイが潜り込んでいて、その秘密は兄たちに露見してしまう。枢機卿は彼女を追放処分にし、大公は彼女を監禁し、別れ別れになった執事頭の作り物の首を見せて追い詰め、ついには処刑してしまう。その大公や枢機卿も、最後にはスパイや愛人の裏切りにあい、自分の首を絞めることになる。
そんな物語の撮影を進めるうちに、クルーの結束が乱れだす。監督のトレントは異常に自己中心的な男で、ヒロインに扮する恋人ナオミまでが、その傍若無人な振る舞いに閉口している。おまけに、テレビで人気の女性レポーターまで乱入し、現場はさらに混乱する。ところが、問題児トレントは、どこからともなく現れた殺し屋に撃たれ、昏睡状態に陥る。そこで、プロデューサーのジョナサンが監督代行となって撮影が続けられるが、ホテルの従業員たちはどこか怪しい雰囲気を漂わせ、宿泊客たちは一人、また一人と姿を消していく。
この映画では、フィッギスが前作『TIMECODE』で挑戦した斬新な手法が、ドラマの鍵を握る部分で巧みに駆使されている。ホテル内の4ヵ所の現場で、4台のデジタル・ビデオを同時に回し、お互いに交錯する場面もあるドラマを4分割した画面に映しだすのだ。この手法によって獲得される視座は、監視カメラに非常に近いものとなり、ホテルの見えない場所で進行する人間関係の変化をスリリングに描きだすことになる。
特にトレントが撃たれた直後の4分割は素晴らしい。映画の出資者であるボリスの妻は、夫に頼まれて別の出資者ホークを出迎え、一方、殺し屋は娼婦と落ち合うはずだった。ところが、ふたりの女がともに赤いドレスを着ていたために、間違いが生じ、ホークは戸惑いながらも女の誘惑に溺れ、妻も意を決したように娼婦を演じる。もう一方では、不満を抱える女優がホテル付きの看護婦に誘惑され、レズビアンの快楽と闇の世界に引き込まれていく。そして、撃たれて横たわるトレントは、ホテル全体と意識が同化し、すべてが見えるようになっている。
トレントが昏睡状態に陥っているうちに、映画「マルフィ公爵夫人」は、男女の性が入れ替わるなど、滑稽な展開を見せ始めるが、監視カメラと化した彼は、ホテルのなかの人間関係を通して、欲望と裏切りに満ちたもうひとつの「マルフィ公爵夫人」の目撃者となるのである。
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