仲間や同僚などから加えられる社会的な圧力を意味するピア・プレッシャー(peer pressure)という言葉は、いまでは広く一般に浸透している。スウェーデンの異才リューベン・オストルンド監督(『プレイ』『フレンチアルプスで起きたこと』)の2008年作品『インボランタリー(英題)/Involuntary』は、そのピア・プレッシャーをめぐる5つのドラマで構成されている。それぞれのドラマは独立しているが、それらが交錯していくうちに、テーマを通して深く結びついていく。
裕福な家庭で催される誕生パーティでは、余興として庭にセットした花火がトラブルのもとになる。家の主が不発の花火の様子を見ようと近づいたところ、突然、点火し、花火を顔に受けてしまう。だが彼は、大したことではなかったかのように振る舞い、応急処置だけで痛みを堪えつづける。集団心理に関心を持つトマス・ヴィンターベアの『偽りなき者』の一幕を連想させる男たちのホモソーシャルな集まりでは、ひとりの悪ふざけが、同性によるレイプともいえる事態にエスカレートする。
とあるバスツアーでは、休憩中にトイレのカーテンレールが壊れていることに気づいた運転手が、犯人が名乗り出るまで出発しないと言い出す。彼が最近離婚したことや、後部座席を占領する若者たちの態度が悪かったことも影響したのかもしれないが、いずれにしても乗客たちは我慢比べを強いられる。とある小学校では、同僚が生徒を虐待していることに気づいた女性教師が、抗議の声を上げるが、逆に周囲から彼女に問題があるかのように見られてしまう。そして、もうひとつのドラマでは、酒に酔った少女たちが、大人しそうな地下鉄の乗客に絡み出す。その状況は、ミヒャエル・ハネケを連想させる。
オストルンド監督は、そんなドラマに映画初出演のアマチュアを起用し、ワンカットの長回しを多用し、リアリティを引き出している。カメラは人物から一定の距離を保ち、そこで起こることに対する判断や解釈は観客に委ねられている。また、会話の場面などでは、人物を背後からとらえたり、顔をフレームから外すことで、観客の誰にでも置き換えられるような余白を生み出している。
この映画で見逃せないのは、小学校のドラマで最初に描かれるエピソードだ。女性教師はある心理的な実験を行なう。ひとりの生徒に長さの違う2本の線が描かれたパネルを見せ、どちらが長いかを答えさせる。その後で他の生徒たちがそろって反対の答を支持する。それを繰り返すと最初に答えた生徒も圧力におされ、頭にあるのとは逆の答えを選択せざるをえなくなる。
この映画では、そんな実験が子供たちの領域だけで終わらない。子供と大人の境界は崩れ、誰もがピア・プレッシャーに呪縛されていくことになる。 |