キラン・アルワリアは、子供の頃に両親とインドからカナダに移住し、トロントで育った。彼女が大学で学んだのは労使関係の分野だったが、一方では、高校、大学を通じて断続的にインド音楽を学んでいた。大学卒業後は音楽とは関係のない分野に一度は就職をするが、もっとインド音楽を学ぶために仕事をやめ、インドに向かう。
そして、自分のルーツに関わるパンジャブ人のフォークソングだけではなく、遠い昔にペルシャからインドに伝わった準古典音楽ガザルも習得した。特にガザルについては、インドでは宮廷音楽として継承されてきたため、宮廷の衰退とともに伝統が失われようとしていたが、アルワリアはカナダでガザルの作曲も手がけ、保存するのではなく発展させてもいる。
アルワリアの新作『サナータ:スティルネス/Sanata:Stillness』は、それ以前の数作とはいささか趣が異なる。セルフ・タイトルの『キラン・アルワリア』(05)では、カナダのケープ・ブルトン出身で、スコットランドやアイルランドの文化や伝統を継承するフィドラー、ナタリー・マクマスター、『ワンダーラスト』(07)では、ポルトガルのファドのギタリスト、ホセ・マヌエル・ネト(Jose Manuel Neto)とベーシスト、リカルド・クルス(Ricardo Cruz)、そして前作『アーム・ザミーン:コモン・グラウンド』(11)では、アフリカの“砂漠のブルース”を代表するティナリウェンとその弟分のテラカフトというように、作品ごとに彼女とはまったく異なるバックグラウンドを持つミュージシャンを迎え、融合を試みるようなコラボレーションを展開してきた。
しかし、この新作では、そうしたこれまでにない顔合わせによるコラボレーションが展開されるわけではない。その代わりに、アルワリアがこれまで吸収してきた他者の音楽性が彼女の感性に取り込まれ、開花している。なかでも、前作のティナリウェンの影響が大きい。砂漠のブルースのグルーブが、彼女の音楽のなかに自然なかたちでしっかりと息づいている。
さらに、アルワリアの夫でもあるレズ・アバシが、ギタリストとして活躍するだけでなく、アレンジの面でも素晴らしい仕事をしている。その緻密なアレンジによって、Kiran Thakrarのハルモニウムとオルガン、Mark Dugganのヴィブラフォンとパーカッション、Nitin Mittaのタブラから、変化に富むアンサンブルとリズムを生み出している。前作ではパーカッションだけを担当していたDugganがこの新作でヴィブラフォンも演奏しているのは、アバシのアイデアなのではないか。彼は2010年の『Natural Selection』では、ヴィブラフォンをフィーチャーしたアコースティック・カルテットでレコーディングを行い、なにかのインタビューでヴィブラフォンとの相性のよさに言及していた。
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