“ワールド・ミュージック”という言葉があっという間に一般に広がり、ブームになっている。このブームという言葉はどうも一過性と同義のような気がして、あまり好きにはなれないが、そんななかで、世界のアーティストに理想的なレコーディングの環境を提供したり、地に足のついたプロモーションを進めるなど、
リアル・ワールド・レコードは、着実にワールド・ミュージックのネットワークを広げていこうとしているように見える。
そのリアル・ワールド・レコードが、力を入れて推すアーティストの先鋒が、スーフィズム(イスラム神秘主義)の音楽であるカッワーリーを代表するヌスラット・ファテ・アリ・ハーンだ。彼が初めてリアル・ワールド・レコードに登場した「ショーハン・ショー(Shahen-Shah)」は、このレーベル全作品の通算3作目。
1枚目と2枚目が、ピーター・ガブリエルの「パッション」と、そのもとになったコンピレーション「パッション・ソーシズ」(その両方にもヌスラットが参加している)だから、彼はトップ・バッターというわけだ。
もちろんヌスラットはそれ以前から、カッワーリーの第一人者として欧米で注目を集めていたのだから、ただ彼の作品を紹介するだけでは、リアル・ワールドの先鋒というのには無理があるかもしれない。それでは、リアル・ワールドにおける2作目となるこの「情熱の炎」はどうだろうか。この新作でヌスラットは、
伝統的なカッワーリーから大きく踏み出し、ベースやキーボード類、あるいは異なる伝統に属する打楽器を操るミュージシャンたちと、コラボレーションを試みている。これはリアル・ワールドならではのアプローチといえる。
あるいはここで、リアル・ワールドの1枚目と2枚目の内容を振り返っておくのも無駄ではないだろう。2枚目の「パッション・ソーシズ」は、伝統的な音楽のコンピレーション、そして記念すべき1枚目の「パッション」は、テクノロジーも駆使して、ワールド・ミュージックの新たな展開を示唆するアルバムともいえるからだ。
この「情熱の炎」のプロデュースにあたっているのは、マイケル・ブルック。彼の名前で筆者が連想するのは、“ハイブリッド”というキーワードである。これはマイケルがEGから出したブライアン・イーノやダニエル・ラノアとのコラボレーション・アルバムのタイトルで、彼はこのアルバムで、ヨーロッパ、アフリカ、南米の楽器を融合させ、
文字通りハイブリッドな音楽を紡ぎ出している。そんなマイケルのプロデュースというのは、ヌスラットの新たなチャレンジに相応しい。
実際、いかにもマイケルのプロデュースらしく、参加しているミュージシャンの顔ぶれもバラエティに富んでいる。マイケルはカナダ出身、ヌスラットはもちろんパキスタン、ギターのロバート・アーワイの文化的な背景は西インド諸島、ベースのダリル・ジョンソンはニューオリンズ、パーカッションのジェイムズ・ピンカーはニュージーランドといった具合だ。
また、楽器にも同じことがいえる。このコラボレーションでは、ベース、キーボード類、マイケルのギターの他に、サンバに使うブラジルの大型の太鼓スルド、セネガルのジェンベ、そしてカッワーリーに欠かせないタブラにハルモニウムなどが使われているのだ。
曲を書いているのは、主にヌスラットとマイケルのふたりである。具体的には3、6、7、10がマイケルのオリジナルで、8がマイケルとヌスラットの共作、4がマイケル、ヌスラット、ロバート、ダリル、ジェイムズの共作、それ以外のナンバーがヌスラットのオリジナルである。その違いはサウンドによく現れている。たとえば、ヌスラットのオリジナルは、
典型的なカッワーリーの形式をベースにしながら、より自由で大胆な即興に持っていったり、共演のミュージシャンたちのサウンドと絡むように、自在なヴォーカルを展開するというのが、基本的なパターンになっている。
ここでカッワーリーに簡単に触れておくと、使用される楽器は、小型のリードオルガンであるハルモニウムにタブラ、そしてターリー(手拍子)。これらの楽器を伴奏として、主唱者と副唱者の掛け合いが繰り返され、次第に即興の要素が入り込み、精神を高揚させ、神秘体験に導いていく。当然のことながら、カッワーリーの演奏はとても長いものになる。
筆者が持っているヌスラットのアルバムをチェックしてみると、パリでのライブ盤が5曲で69分、日本のスタジオで録音された「法悦のカッワーリー」が4曲で60分、「ショーハン・ショー」が6曲71分といった具合だ。
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