アキ・カウリスマキ監督の新作『過去のない男』は、列車でヘルシンキにたどり着いた主人公が、いきなり暴漢に襲われて重傷を負い、記憶を失ってしまうところから始まる。過去を失った男は、港湾地区に放置されたコンテナでぎりぎりの生活を送る一家に助けられ、救世軍の活動に従事する女イルマに出会い、朽ち果てたコンテナを借り、ゼロから再出発する。
この作品は、2002年カンヌ国際映画祭でグランプリとカティ・オウティネンの主演女優賞という2冠に輝いた。
これまで15年以上もカウリスマキ作品に出演しつづけ、いまや彼の映画に無くてはならない存在となっている女優カティ・オウティネンは、現在に至るカウリスマキ作品の変遷をどのように見ているのだろうか。
「カウリスマキは、監督というよりも作家のようなものだと思っています。確かに監督として映画を作っているわけですが、世界一の監督になろうとしているわけではありませんし、優れた作品を生み出そうとしているわけでもありません。彼がなにをしようとしているかというと、人間とは何なのかを考え、その謎を解こうとしているのです。これまで彼の映画に何本も出演してきましたが、彼が年をとるにつれて人間に対する理解も深くなり、映画の持つ意味もどんどん深くなっているように思います」
カウリスマキ作品に出演することと、他の映画や舞台に出演することは、まったく異なる体験なのではないかと思えるが、彼女はカウリスマキの演出をどのようにとらえているのだろうか。
「本当に違います。学校で学んだスタイルとはまったく違いました。アキはわたしたちに演じてほしくないんです。彼はある瞬間を探しています。そういう目的があるからこそ撮影のときにそれぞれのシーンを一回しか撮りません。リハーサルもありません。役者になにを望んでいるのかというと、演じている人間のなかに入って、その人間の生活をしてほしいのです。その人間になってほしい。カウリスマキは映画を観てくれる人々を信じています。俳優が役を演じなくても感情が伝わると信じています。そういう考えがあるからこそ、あの独特のスタイルになるのです」 |