カティ・オウティネン・インタビュー
Interview with Kati Outinen


2003年
過去のない男/The Man without a Past――2002年/フィンランド=ドイツ=フランス/カラー/97分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:「キネマ旬報」2003年、若干の加筆)

 

 

人間とは何なのかを考え、その謎を解こうとする
――『過去のない男』(2002)

 

 アキ・カウリスマキ監督の新作『過去のない男』は、列車でヘルシンキにたどり着いた主人公が、いきなり暴漢に襲われて重傷を負い、記憶を失ってしまうところから始まる。過去を失った男は、港湾地区に放置されたコンテナでぎりぎりの生活を送る一家に助けられ、救世軍の活動に従事する女イルマに出会い、朽ち果てたコンテナを借り、ゼロから再出発する。

 この作品は、2002年カンヌ国際映画祭でグランプリとカティ・オウティネンの主演女優賞という2冠に輝いた。

 これまで15年以上もカウリスマキ作品に出演しつづけ、いまや彼の映画に無くてはならない存在となっている女優カティ・オウティネンは、現在に至るカウリスマキ作品の変遷をどのように見ているのだろうか。

「カウリスマキは、監督というよりも作家のようなものだと思っています。確かに監督として映画を作っているわけですが、世界一の監督になろうとしているわけではありませんし、優れた作品を生み出そうとしているわけでもありません。彼がなにをしようとしているかというと、人間とは何なのかを考え、その謎を解こうとしているのです。これまで彼の映画に何本も出演してきましたが、彼が年をとるにつれて人間に対する理解も深くなり、映画の持つ意味もどんどん深くなっているように思います」

 カウリスマキ作品に出演することと、他の映画や舞台に出演することは、まったく異なる体験なのではないかと思えるが、彼女はカウリスマキの演出をどのようにとらえているのだろうか。

「本当に違います。学校で学んだスタイルとはまったく違いました。アキはわたしたちに演じてほしくないんです。彼はある瞬間を探しています。そういう目的があるからこそ撮影のときにそれぞれのシーンを一回しか撮りません。リハーサルもありません。役者になにを望んでいるのかというと、演じている人間のなかに入って、その人間の生活をしてほしいのです。その人間になってほしい。カウリスマキは映画を観てくれる人々を信じています。俳優が役を演じなくても感情が伝わると信じています。そういう考えがあるからこそ、あの独特のスタイルになるのです」


◆プロフィール◆

カティ・オウティネン
1961年生まれ。1980年、タピオ・スオミネン監督の「ライト・オン・マン」で女優として映画に初出演。同年ヘルシンキ演劇学校に入学。1984年の卒業後、10年間ヘルシンキのコム・テアテリ劇場と契約する。主な出演作にはアキ・カウリスマキの『パラダイスの夕暮れ』『ハムレット・ゴーズ・ビジネス』『マッチ工場の少女』『愛しのタチアナ』『浮き雲』『白い花びら』などがある。

 

 


 『過去のない男』は、『浮き雲』に始まる三部作の二作目にあたる。カウリスマキは過去に、『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』『マッチ工場の少女』からなる“敗者三部作”を作っているが、それと新しい三部作ではドラマと人物像に明らかな違いがある。

 敗者三部作で逆境に追いやられた主人公たちは、どこかにある楽園を夢見つつも、最終的にそこに至ることはない。これに対して、同じように逆境に追いやられる新たな三部作の主人公たちは、人間としての誇りに目覚め、あるいはそれを守り通し、自分の足下に楽園を見出していく。新たな三部作でオウティネンが演じる女たちも、その強さや逞しさが印象に残る。

「カウリスマキはいつも、他の男性監督や脚本家とはちょっと違う女性像を作り上げてくれます。新しい三部作の女性像は確かに強いと思います。それは、戦中、戦後のフィンランド人女性がモチーフになっているからです。つまり、第二次大戦中に男たちとともに戦い、戦後に頑張って働き、子供たちを育てた女性たちを念頭に置いた女性像ということです。わたしは自分の祖母のことを思い描きながら、(『過去のない男』の)イルマ役を演じました。祖母はとても強い女性でした」


(upload:2014/09/24)
 
 
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