アンシ・ティカンマキ・インタビュー

2000年7月 品川
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(初出:「CD Journal」2000年10月号)

 

イメージと音楽のタイムレスなコラボレーション

 

 日本でも人気のあるアキ・カウリスマキ監督が無声映画(音楽付き)に挑戦した新作「白い花びら」。この映画は、99年のベルリン映画祭やヴェネツィア映画祭などで、オリジナル音楽をライブ演奏する特別上映で好評を博した。 そして去る7月、日本でもこのライブ演奏による上映が行われた。音楽を手がけたフィンランドの作曲家アンシ・ティカンマキは、自ら創設したフィルム・オーケストラを率いて初来日し、ステージに立った。

 そのティカンマキは、自分の音楽を言葉で語ることに違和感を持ちながらも、筆者の質問に対してあれこれ考え、答となる言葉を探す努力を惜しまない、愛すべき人物だった。そんな彼のコメントを整理してみると、彼が実に自然な流れのなかで現在に至っていることがわかる。

「フィンランドの田舎町で育ったわたしは、18歳のときにヘルシンキに出て、音楽学校で勉強を始めました。作曲、特に映画音楽に興味がありました。きっかけはエンニオ・モリコーネが音楽を手がけた「続・夕陽のガンマン」を観たことです。 でも具体的に映画音楽の道に進もうと思っていたわけではなく、わたしが最初に出したアルバムも映画音楽ではありませんでした」

 しかし彼が作った音楽は、彼とアキ・カウリスマキを結びつけ、彼を映画音楽に導くことになる。

「アキがフィンランドのロック・バンドを題材にした映画を作っていたとき、そのバンドと親しかったわたしも撮影の現場に居合わせ、彼とミカに出会いました。それまではまったく彼らのことを知りませんでした。これは後でアキから聞いた話ですが、それから間もなく彼は、 わたしが少し前に出したアルバムの何曲かをラジオで聴いて、わたしの音楽とは知らずに局に問い合わせたそうです。ミカが『The Worthless』という映画の撮影に入り、音楽を担当する人間を探していたんです。それで、曲を作ったのがわたしだと知ったアキは、ミカに推薦し、映画音楽を手がけることになったのです」

 アキが関心を持ったそのアルバムは、どのような作品だったのだろうか?

「インストの作品で、タイトルは『Finish Landscapes』。フィンランドのイメージを音楽で表現したアルバムで、いろいろな人からこれは一種の映画音楽だといわれました。実際、アルバムを出してから現在まで、そのなかの曲が映画やヴィデオに頻繁に使われてきました」

▼プロフィール
アンシ・ティカンマキ
1955年フィンランド生まれ。主に映画音楽の分野で活躍するフィンランドを代表する作曲家で、エイゼンシュテイン、シュトロハイム、 ムルナウなどの歴史的なサイレント映画に新たな音楽を作曲して現代に蘇らせるプロジェクトで知られる。そして、今回の「白い花びら」でもアキ・カウリスマキとの共同作業が、サイレント映画の復活という難題を実現させる。 また通常の映画でも13本の映画音楽を担当し、特にミカ・カウリスマキ監督とは82年の『The Worthless』以来7作品で仕事をしている。現代の作曲家らしくクラシック、民族音楽、ロック、ジャズ、 そして前衛音楽と様々なスタイルを縦横にとり込み、室内楽的な静謐な響きを多彩な音のパレットに流し込むその独特な情緒がティカンマキ・サウンドの特徴といえる。フィルム・オーケストラ自体は1986年に結成。 ラップランド・ソダンキューレで開催されている"ミッドナイトサン・フィルム・フェスティバル"でデビューし、以来フィンランド国内を始めスウェーデン、エストニア、ドイツ、オーストリアなど各地で公演。 日本では第16回<東京の夏>音楽祭2000での公演が初演となる。
(「白い花びら」劇場用パンフレットより引用)

 

 



 イメージを音楽で表現する彼のスタイルを踏まえてみると、彼が無声映画の音楽に刺激を受けるのも頷けることだろう。

「86年にアキやミカが中心になって新しい映画祭を始めることになり、そのなかの特別企画として、わたしは初めて無声映画の音楽を手がけました。それでとても興味を持つようになったのです。それから、88年に映画祭で3本の無声映画を上映したときに、わたしがアキに「現代の無声映画を作ろう」と持ちかけ、彼が賛同したのです」

 そんな約束が実を結んだのが「白い花びら」というわけだ。この映画は、台詞をできる限り削り、映像でドラマを語ろうとしてきたアキとイメージを音楽で表現するティカンマキの試みの結晶であるという意味で、古典的な無声映画とは明らかに一線を画している。

 ライブ演奏による「白い花びら」の上映では、この現代の無声映画の魅力がいっそう際立つ。オープニングのクレジットが浮かび上がるのと同時に流れだす不穏な前奏が観客をとらえ、それに続く緊張感と躍動感に満ちた音楽が、観客を映像の世界に深く引き込んでいくのだ。アコーディオンやヴァイオリン、ギター、サックス、 ドラムスなどを巧みにフィーチャーし、シンフォニックなスタイルからツイストやタンゴへと自在に越境する彼の音楽は、映像と絡みながら?タイムレス?な空間を作り上げる。しかしそれは曖昧ということではない。古いとか新しいという既成の価値観や言葉の束縛から解放された場所に、独自の揺るぎない世界を構築しているということなのだ。


(upload:2001/02/03)
 

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