月に囚われた男
MOON


2009年/イギリス/カラー/97分/スコープサイズ/ドルビーデジタル、ドルビーSR
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(初出:月刊「宝島」2010年4月号、若干の加筆)

 

70年代から80年代初頭のSF映画を髣髴させる
哲学的な視点を持った新鋭の記念すべきデビュー作

 

 昨年(2009年)公開された邦画のなかで最も印象に残った作品の一本が、中嶋莞爾監督の商業映画デビュー作『クローンは故郷をめざす』だった。近未来を舞台にしたこの映画では、及川光博が、危険な作業に従事する宇宙飛行士と彼の死後に再生された二人のクローンという一人三役を演じていた。

 あのデヴィッド・ボウイの息子であるダンカン・ジョーンズの監督デビュー作『月に囚われた男』では、たった一人で月面基地に派遣され、地球に不可欠なエネルギー源を採掘する男サムの生活が描かれる。ドラマは一人芝居に近いが、主演のサム・ロックウェルは一人三役をこなす。と書けば、映画にどんな仕掛けが埋め込まれているのか察せられるだろう。

 サムはあと二週間で、ルナ・インダストリーズとの契約期間が終わる。そうすれば地球に帰還し、妻子と再会できる。しかし最近では、長期に渡る孤独な生活の影響か、激しい頭痛に襲われ、幻覚や幻聴に悩まされている。そんなとき、ルナローバーの操縦中に事故を起こし、基地内の診療室で意識を取り戻すと、そこには自分にそっくりな男がいた。

 低予算(製作費はわずか500万ドルだという)を逆手に取る巧妙な設定、曖昧になっていく生と死の境界、そして野心や利益のために生命を弄び、個人をないがしろにする科学者や企業。二人の映像作家が、同時期に似た発想で実に興味深いSF映画を作っていたことになる。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ダンカン・ジョーンズ
Duncan Jones
脚本 ネイサン・パーカー
Nathan Parker
撮影 ゲイリー・ショー
Gary Shaw
編集 ニコラス・ガスター
Robin Sales
音楽 クリント・マンセル
Clint Mansell
 
◆キャスト◆
 
サム・ベル   サム・ロックウェル
Sam Rockwell
ガーティの声 ケヴィン・スペイシー
Kevin Spacey
テス・ベル ドミニク・マケリゴット
Dominique McElligott
イヴ・ベル カヤ・スコデラーリオ
Kaya Scodelario
トンプソン ベネディクト・ウォン
Benedict Wong
オーバー・マイヤーズ マット・ベリー
Matt Berry
技術者 マルコム・スチュワート
Malcolm Stewart
-
(配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント)
 

 しかし、映像に表れる感性や表現はまったく違う。タルコフスキーにインスパイアされたと思われる『クローンは故郷をめざす』は、主人公の内面に分け入り、故郷や死者の魂をめぐって象徴的で詩的な世界が切り拓かれる。それに対して、『サイレント・ランニング』や『ブレードランナー』など、70年代から80年代初頭にかけて作られたSF映画を愛するジョーンズの場合はより現実的だ。

 サムの話し相手の人工知能搭載ロボット(その声はケヴィン・スペイシーが担当)は、地球の企業とサムという二人の主人を持ち、不穏な動きを見せる。事故に遭ったサムと彼の目の前に出現したもう一人のサムの間には、複雑な葛藤が生じ、自分が存在する意味や人間性が鋭く掘り下げられていくのだ。


(upload:2010/08/06)
 
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