ブルース・スターリング・インタビュー

1988年 東京
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(初出:「SWITCH」1988年、若干の加筆)
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サイバーパンクの方法論と可能性

 80年代のアメリカSFの新しい波 ”サイバーパンク” が、アメリカのみならずヨーロッパや日本でも大きな話題になっている。この話題の起爆剤となった作品といえば、もちろんウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」。 ギブスンの作品はその後も、短編集「クローム襲撃」、長編「カウント・ゼロ」が異例の速度で次々と翻訳出版されている。

 そしてもうひとり、壮大な宇宙SF「スキズマトリックス」を代表作として、ギブスンとともにこのムーヴメントを牽引し、 サイバーパンクの作家たちのアンソロジー「ミラーシェード」をまとめるなど、理論的な中核を担っているのが、ここに登場するブルース・スターリングである。

 サイバーパンクとは何か。これは現在進行中のムーヴメントであり、その実体を端的に説明するのは容易ではない。たとえば、カルト・ムーヴィーとなった「ブレードランナー」に描き出された世界。 確実に日常へと侵食するハイテクとアンダーグラウンド・カルチャーが入り組むヴィジョンは、サイバーパンクを体感するためのキー・イメージとなる。 サイバーパンクの作家たちは、テクノロジーの普及によって未来を現代に引き込む様々なサブカルチャーを積極的に取り込み、SFのフィールドを刺激し、その閉鎖的な壁を取り壊しつつある。

――まず最初に、サイバーパンクを現在進行中のムーヴメントととらえることに問題はありませんか。

ブルース・スターリング(以下BS) それはぼくが取り仕切っているわけではないから、そうとってもかまわないよ。

――アメリカのSF大会における新旧作家間の論争を読むと、あなたの発言はこれまでのSF作家との間にはっきりした境界を作ろうとしているように思えるのですが。



 
 


BS これまでの作家とぼくたちの世代が違うということは、ぼくたちが書き始めたときからすでに明らかだった。だからそういう境界を引くまでもなかったんだ。境界はすでに存在していた。編集者がぼくたちにおかしな呼び名を付けたときからね。

――これまでのSFは、熱烈なファンのコミュニティに支持される反面、それがSF外の読者には入りにくい壁となっていたのに対して、サイバーパンクはSFへの間口を広げ、SF外の読者を入りやすくしたと思うのですが。

BS それは作品によって違うと思う。たとえば、「スキズマトリックス」のような作品は、SFの手法を知らない一般の人々にはちょっと難しいんじゃないかと思う。それに比べて「ニューロマンサー」などは、 80年代に何が起こっているかという文化状況が作品によく反映され、誰にでも分かるように書かれていると思う。それから、ぼくが今度書いた「ネットの中の島々」も、誰にでも分かる内容になっているね。

――ということは、サイバーパンクの作家たちがサブカルチャーやアンダーグラウンド・カルチャーといったものを積極的に作品に取り込むことによって、意識的にSFの間口を開いたということはないのですか。

BS うーん、ちょっと考えさせてくれ…。えーと…とても難しいな、いい質問だ、お茶を飲みながら考えよう。(彼はひと呼吸おいて、言葉をかみしめるように語り出した)ぼくが作品を書いていて、 SF以外の思わぬところから好意的な反応が返ってきたり、仲間ができたりしている。社会が設けている障壁(バリアー)の外にいる人々が、サイバーパンクのイメージやアイデアに反応を示しているということだ。科学者、数学者、あるいは、 もっと広く科学に関する学術的な研究にたずさわる人々のなかには、パンク/ロック・ミュージシャン、アンダーグラウンドの映像作家、パフォーマンス・アーティストよりもラディカルな考え方を持った人間が大勢いる。そして社会はいま、 いろんな少数のグループに専門家/細分化されてしまっているのだけど、そうしたバラバラなものがサイバーパンクのヴィジョンを通して絡みあい、とてもはっきりとした反応になって返ってきているということなんだ。

――ではそれを、意識的とは言えないまでも、自然発生的なムーヴメントと呼ぶことは可能ですね。

BS 確かに可能だ。それは、大企業がやっているような冷静に計算されたマーケティングから生まれるようなものではなく、SF外から自発的に反応してきているということだけどね。

――あなたは、たとえばサイバーパンクのアンソロジーである「ミラーシェード」をまとめたように、この新しいSFの流れを主導しているわけですが、そうしたSF外からの動きに対して積極的に関与していくということはありませんか。

BS 「ミラーシェード」を編集した意図というのは、世界の文化状況のなかの、自分たちがいるこの片隅で何が起こっているかということを示すガイド、情報のソースを提供することだったんだ。これはいわば、旗を高く掲げるようなことだ。 そして、それに対して正しい反応が返ってきたということは、ぼくたちの存在が理解されていることであって、その意味では、目的は達成されていると思う。

――それは、以前はサイバーパンクに対する反発もあったが、いまは広く承認されているということですか。

BS そういうことだ。ぼくは、論争や反発は歓迎する。もしそんなことがないと思うなら、最初からこんなことはやらなかった。気持ちよく人々に受け入れられるものを書くのが作家の務めではない。作品を発表して、 そこから何ら議論を喚起できないのなら、何も書いてないのと同じだからね。

――<スタジオ200>のディスカッションで、まったく新しいものを創造するのではなく、これまでの遺産を大いにコピーし、利用するといった意味で ”レトロフィット” という発想を強調されていましたが、 それはもはやSFに未知のオリジナルな領域が存在していないということを意味するのですか。

BS レトロフィットという発想はとても微妙なもので、サイバーパンクの作家にとっては、深く大きな意味を持っている考え方なんだ。君は状況主義者というものを知っているかい?これは、 フランスのたとえばレヴィ・ストロースのような構造主義の影響を受けた、いわばヒッピー版構造主義ともいうべきほんとにクレイジーな連中だったんだけども、彼らはとても面白いアイデアを持っていた。彼らのアイデアのひとつに ”ディートナモー” というのがある。 これは、あるメッセージを、勝手にその目的とは無関係な方向に流用してしまうというようなことを意味している。すでに存在している意味論的なイメージのようなものをまったく違う文化的方向に流してしまうということだ。 文化の中心にある意味論的なものは、非常に強い力を持っている。それはいわば、原型的なもので、大衆のレベルに浸透して、巨大な力を行使している。現代人のパーソナル・イメージをも形作っている。そんなヴィジョンのなかで、まったく新しいイメージを作り出そうとすることは、 言ってみれば、地下室で飛行機を作り上げようとするようなものなんだ。そんなことをするぐらいなら、747のような大型機をハイジャックしてしまった方が、より有効に巨大な力を獲得することができる。つまり、ぼくたちがレトロフィットというときには、 巨大なイメージの機構のようなものを奪い取って、自分たちの目的にそって作り変え、それによって力を獲得することを意味しているわけだ。これはちょっと難しく聞こえるかもしれないが、80年代文化には、どこにでも見られるものだ。 ===>2ページへ続く

 
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