ガタカ
Gattaca  Gattaca
(1997) on IMDb


1997年/アメリカ/カラー/106分/シネマスコープ/ドルビーデジタル
line
(初出:「中央公論」1998年5月号、若干の加筆)

 

 

人間は遺伝子を運ぶためのただの入れ物なのか

 

 近未来世界を舞台にしたアンドリュー・ニコル監督のSF映画『ガタカ』には、目を見張るような特撮はないが、既成のイメージから独自のリアルな未来像が切り開かれ、現代社会や人間とはなにかについて深く考えさせられる。

 『ガタカ』の近未来世界では遺伝子工学が格段の進歩を遂げ、裕福な家庭では子供を作るにあたって、受精の段階で劣勢の遺伝子を排除し、優れた遺伝子を備えた子供をデザインすることが日常化している。また子供たちは誕生した時点で、将来の疾患や寿命までもが明らかにされる。その結果、この社会ではデザインされた“適正者”が劣勢の遺伝子を持つ“不適正者”を支配している。

 主人公のヴィンセントは、適正者を集め育成するガタカ社の職員で、宇宙に飛びたつという幼い頃からの夢があと一歩で実現するところまできている。しかし、彼には秘密があった。実は彼は不適正者であり、心臓疾患のために30歳の寿命と判定されていた。そんな彼はDNAブローカーから、最高級の遺伝子を持ちながら不幸な出来事で半身不随となった若者ジェロームを紹介され、彼になりすましてガタカ社に潜入していたのだ。

 この映画の素晴らしさはまず何よりも、遺伝子がすべてを決定するという先入観や差別意識が完全に人々を支配している世界を見事に作りあげているところにある。若者たちは、心惹かれる人物に出会うと、密かに相手の髪の毛などから遺伝子をチェックし、その情報によって自分の気持ちを決める。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   アンドリュー・ニコル
Andrew Niccol
撮影 スワボミール・イジャック
Slawomir Idziak
編集 リサ・ゼノ・チャーギン
Lisa Zeno Churgin
音楽 マイケル・ナイマン
Michael Nyman
 
◆キャスト◆
 
ヴィンセント   イーサン・ホーク
Ethan Hawke
アイリーン ユマ・サーマン
Uma Thurman
ジェローム ジュード・ロウ
Jude Law
ジョセフ ゴア・ヴィダル
Gore Vidal
ヒューゴー刑事 アラン・アーキン
Alan Arkin
ラマー医師 ザンダー・バークレイ
Xander Berkeley
アントニオ イライアス・コティーズ
Elias Koteas
シーザー アーネスト・ボーグナイン
Ernest Borgnine
-
(配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント )


 ヴィンセントがガタカ社に潜入することを可能にしているのも、このような遺伝子に対する盲信なのだ。ガタカ社では毎日遺伝子チェックが行われるが、それさえ間違いなければ、容姿がいくらか違うことなど怪しまれることもない。そこで彼は、日々体毛や爪などを処理し、ジェロームから尿や血液のサンプルをもらい、それを巧みに隠し持ち、正体を隠しつづけているのだ。

 不適正者のヴィンセントと適正者のジェロームは、それぞれに過去にある決定的な出来事があり、それゆえにまったく対照的な道を歩もうとしている。監督/脚本のアンドリュー・ニコルは、彼らの違いを、水泳を通して見事に際立たせる。

 ジェロームは、トップクラスの水泳選手だったが、たった一度の敗北に耐えきれず、自ら未来への希望を断った。ヴィンセントには適正者の弟がいて、兄弟は幼い頃から遠泳で競い合っていた。彼はいつも弟にまったく歯が立たなかったが、ある時弟を負かすという体験をし、困難な挑戦を決意した。

 ヴィンセントは、ジェロームとは対照的に唯一の勝利に自分の真理を見出し、人間が遺伝子を運ぶただの入れ物にすぎないという命題が支配するディストピアに、たったひとりで挑戦しようとする。それゆえに特撮もない遠泳のイメージがとても深い意味を持つことになる。

 この映画では、ヴィンセントの挑戦のドラマが、次第にノワール的な魅力を漂わせるようになる。彼の上司が社内で他殺体で見つかり、捜査の結果、社内から不適正者、すなわち彼のまつ毛が発見されてしまうのだ。すると警察は、犯人の動機や他の証拠も無視し、不適正者の割りだしに全力を傾ける。それは、捜査にあたっているのがヴィンセントの弟であるからだが、これまでヴィンセントに希望をもたらしてきた遺伝子に対する盲信が、皮肉にも今度は犯人でもない彼を窮地に陥れることになる。

 ヴィンセントは、宇宙に向かうロケットを目の前にして絶体絶命の危機に陥るが、遠泳で見出した真理が意外な展開を招き寄せるラストには、誰もが胸をしめつけられることだろう。


(upload:2009/06/13)
 
 
《関連リンク》
『トゥルーマン・ショー』レビュー ■
フィリップ・K・ディックと映画――現実の崩壊が日常と化す時代 ■

 
 
amazon.co.jpへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp