トラッシュ!-この街が輝く日まで-
Trash


2014年/イギリス=ブラジル/カラー/114分/スコープサイズ/ドルビーSRD
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(初出:『トラッシュ!-この街が輝く日まで-』劇場用パンフレット)

 

 

人を目覚めさせ、人と人を結びつけていく“媒介”

 

[ストーリー] ブラジル、リオデジャネイロ郊外。ゴミを拾って生活している3人の少年は、ある日ゴミ山の中でひとつのサイフを拾う。そのサイフには世界を震撼させる重大な秘密が隠されていた。警察はサイフの大捜索を開始し、街は大混乱に陥ってしまう。しかし少年たちは自らの信じる“正しい道”を選ぶため、サイフに隠された謎を解き明かす決心をする。次第に警察の手が、すぐ背後まで迫る中、少年たちはひとつずつ突き止めたヒントを組み合わせて、ある真実へと近づいていく。そして彼らが命を懸けて追い求めた真実は、やがてこの街を輝かせる希望へと変わっていくことになる――。

 『リトル・ダンサー』『めぐりあう時間たち』『愛を読むひと』『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』スティーヴン・ダルドリー監督、『ラブ・アクチュアリー』、『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』リチャード・カーティス脚本、『シティ・オブ・ゴッド』、『ナイロビの蜂』、『ブラインドネス』フェルナンド・メイレレス製作総指揮。レビューは予告編、インタビュー画像の下になります。

 イギリス出身のスティーヴン・ダルドリー監督は、デビュー作『リトル・ダンサー』(00)で大きな成功を収めた後、マイケル・カニンガム、ベルンハルト・シュリンク、ジョナサン・サフラン・フォアというまったくタイプの異なる作家たちの話題作を映画化してきた。そこには、常に新しい題材に挑戦しようとする意欲が感じられるが、彼が切り拓く世界には共通点がある。狭い世界に閉じ込められ、身動きが取れなくなっている人間が、異なる価値観に目覚め、出口を見出していく。そういう物語は決して珍しいものではないが、ダルドリーは主人公の変化を独特の感性と表現で描き出す。

 『リトル・ダンサー』では、イギリスの炭鉱の町という人生の選択が限定される世界に生きる少年ビリーが、クラシック・バレエに魅了され、ロイヤル・バレエ学校を目指す。そんなドラマで注目したいのは、“バレエ”のとらえ方だ。ビリーは以前からバレエに興味があったわけではない。バレエ教室から流れてくるリズムに自然と身体が反応し、のめり込むようになる。さらに、バレエは男のやるものではないと反対していた父親が協力するようになるのも、周囲に説得されたからではなく、息子が踊る姿を目の当たりにして心を動かされるからだ。

 ダルドリーが強い関心を持っているのは、人を目覚めさせ、人と人を結びつけていくような“媒介”であり、彼はそれを探求することで独自の世界を切り拓いてきた。

 『めぐりあう時間たち』(02)では、1923年のヴァージニア・ウルフ、1951年の主婦ローラ、2001年の編集者クラリッサという3つの時代を生きる3人のヒロインの一日が交錯していく。彼女たちは、ヴァージニアが執筆している小説『ダロウェイ夫人』を媒介として感情的に深く結びついていくが、ローラやクラリッサは、入水自殺するヴァージニアとは異なる運命を選び取っていく。

 『愛を読むひと』(08)では、偶然の出会いから恋に落ちた若者マイケルと21歳年上の女性ハンナが、8年後に法廷で、法科の学生とナチス戦犯という立場で再会する。公判を傍聴したマイケルは、かつて彼女から様々な本の朗読を頼まれた理由に思い至る。ハンナは自分の罪が重くなることを承知でその秘密を守り通し、服役する。やがてマイケルは、そんな彼女に本を朗読したテープを送るようになる。その朗読はふたりを結ぶ媒介となり、彼女に希望をもたらすことになる。


◆スタッフ◆
 
監督   スティーヴン・ダルドリー
Stephen Daldry
脚本 リチャード・カーティス
Richard Curtis
原作 アンディ・ムリガン
Andy Mulligan
製作総指揮 フェルナンド・メイレレス
Fernando Meirelles
撮影 アドリアーノ・ゴールドマン
Adriano Goldman
編集 エリオット・グレアム
Elliot Graham
音楽 アントニオ・ピント
Antonio Pinto
 
◆キャスト◆
 
ジュリアード神父   マーティン・シーン
Martin Sheen
オリヴィア ルーニー・マーラ
Rooney Mara
ジョゼ・アンジェロ ワグネル・モウラ
Wagner Moura
フェデリコ セルトン・メロ
Selton Mello
ラファエル リックソン・テベス
Rickson Tevez
ガルド アデュアルド・ルイス
Eduardo Luis
ラット ガブリエル・ウェインスタイン
Gabriel Weinstein
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(配給:東宝東和)
 

 『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(11)では、9・11同時多発テロで父親を亡くした少年オスカーが、ある日、父親の遺品のなかから一本の鍵を見つける。その鍵に父親からのメッセージが込められていると信じる彼は、鍵穴を探す旅に出る。喪失の悲しみとアスペルガー症候群の因子というふたつの事情で身動きが取れなくなっていた少年は、その鍵という媒介を通して様々な他者と触れ合い、変貌を遂げていく。

 このようにダルドリーの作品では、それぞれに媒介といえるものが重要な役割を果たし、主人公たちの目覚めや彼らが新たな世界に踏み出すドラマを印象深いものにしている。

 そして、アンディ・ムリガンの同名小説を映画化した新作『トラッシュ!-この街が輝く日まで-』にも、そんなダルドリーならではの世界がある。主人公は3人の少年たちだ。ラファエルとガルドは、湖に面したファヴェーラ(スラム)に暮らし、近くにあるゴミ山でゴミを漁る生活を送っている。もうひとりの少年ラットには家もなく、下水道に暮らしている。彼らは未来を奪われ、狭い世界に閉じ込められている。だが、ラファエルが、ゴミ漁りの最中にサイフを拾うことによって、運命が大きく変わっていく。

 この映画でまず注目しなければならないのは、舞台とキャスト、そして言語だろう。ドイツを舞台にした『愛を読むひと』の場合には、英語によるドラマになっていた。しかし今回は、リオデジャネイロという舞台に合わせて一般公募で少年たちのキャスティングが行われ、ポルトガル語によるドラマになっている。しかも、リオデジャネイロのファヴェーラを舞台にした『シティ・オブ・ゴッド』(02)で注目を集めた監督フェルナンド・メイレレスが協力していることもあり、場面によってはドキュメンタリーと言ってもいいようなリアルな世界が映し出されている。

 そんな世界で繰り広げられるドラマで重要な媒介となるのは、もちろんサイフである。アニマル・ロトのカードや少女の写真、鍵などが収められたサイフは、様々な人物を結びつけていく。まず少年たちを運命共同体のように結束させる。警察に暴行されても手がかりを聞き逃さず、真相に迫ろうとするラファエルの信念がなければ、彼らは挫折しただろう。生きるためにあちこちを転々とする生活を送ってきたラットの経験がなければ、コインロッカーを探り当てることもできなかっただろう。ガルドの驚異的な記憶力がなければ、刑務所で面会したクレメンチから信頼を得ることはできなかっただろう。そんな結束がサイフの持ち主だったジョゼ・アンジェロとおじのクレメンチや写真の少女を結ぶ糸になる。

 さらに、少年たちとジュリアード神父の関係も見逃せない。神父は不正と戦うことに疲れ、敗北感にまみれている。だから少年たちを真理に導くことはできない。サイフはそんな神父に代わって彼らを真理に導く役割も果たす。少年たちが危険をおかして手に入れる聖書は、単に数字の暗号を解くためにあるのではなく、象徴的な意味を持っている。彼らが最後に訪れる墓地で姿を現わす少女が、天使を思わせるのも偶然ではないだろう。この少年たちの物語には、彼らが大きな力に守られているという宗教的な視点を垣間見ることができる。そして、そんな少年たちから大切なものを委ねられるとき、現状に甘んじ、身動きが取れなくなっていた神父も、自分の使命に目覚めることになる。


(upload:2015/05/09)
 
 
《関連リンク》
スティーヴン・ダルドリー
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