『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(11)では、9・11同時多発テロで父親を亡くした少年オスカーが、ある日、父親の遺品のなかから一本の鍵を見つける。その鍵に父親からのメッセージが込められていると信じる彼は、鍵穴を探す旅に出る。喪失の悲しみとアスペルガー症候群の因子というふたつの事情で身動きが取れなくなっていた少年は、その鍵という媒介を通して様々な他者と触れ合い、変貌を遂げていく。
このようにダルドリーの作品では、それぞれに媒介といえるものが重要な役割を果たし、主人公たちの目覚めや彼らが新たな世界に踏み出すドラマを印象深いものにしている。
そして、アンディ・ムリガンの同名小説を映画化した新作『トラッシュ!-この街が輝く日まで-』にも、そんなダルドリーならではの世界がある。主人公は3人の少年たちだ。ラファエルとガルドは、湖に面したファヴェーラ(スラム)に暮らし、近くにあるゴミ山でゴミを漁る生活を送っている。もうひとりの少年ラットには家もなく、下水道に暮らしている。彼らは未来を奪われ、狭い世界に閉じ込められている。だが、ラファエルが、ゴミ漁りの最中にサイフを拾うことによって、運命が大きく変わっていく。
この映画でまず注目しなければならないのは、舞台とキャスト、そして言語だろう。ドイツを舞台にした『愛を読むひと』の場合には、英語によるドラマになっていた。しかし今回は、リオデジャネイロという舞台に合わせて一般公募で少年たちのキャスティングが行われ、ポルトガル語によるドラマになっている。しかも、リオデジャネイロのファヴェーラを舞台にした『シティ・オブ・ゴッド』(02)で注目を集めた監督フェルナンド・メイレレスが協力していることもあり、場面によってはドキュメンタリーと言ってもいいようなリアルな世界が映し出されている。
そんな世界で繰り広げられるドラマで重要な媒介となるのは、もちろんサイフである。アニマル・ロトのカードや少女の写真、鍵などが収められたサイフは、様々な人物を結びつけていく。まず少年たちを運命共同体のように結束させる。警察に暴行されても手がかりを聞き逃さず、真相に迫ろうとするラファエルの信念がなければ、彼らは挫折しただろう。生きるためにあちこちを転々とする生活を送ってきたラットの経験がなければ、コインロッカーを探り当てることもできなかっただろう。ガルドの驚異的な記憶力がなければ、刑務所で面会したクレメンチから信頼を得ることはできなかっただろう。そんな結束がサイフの持ち主だったジョゼ・アンジェロとおじのクレメンチや写真の少女を結ぶ糸になる。
さらに、少年たちとジュリアード神父の関係も見逃せない。神父は不正と戦うことに疲れ、敗北感にまみれている。だから少年たちを真理に導くことはできない。サイフはそんな神父に代わって彼らを真理に導く役割も果たす。少年たちが危険をおかして手に入れる聖書は、単に数字の暗号を解くためにあるのではなく、象徴的な意味を持っている。彼らが最後に訪れる墓地で姿を現わす少女が、天使を思わせるのも偶然ではないだろう。この少年たちの物語には、彼らが大きな力に守られているという宗教的な視点を垣間見ることができる。そして、そんな少年たちから大切なものを委ねられるとき、現状に甘んじ、身動きが取れなくなっていた神父も、自分の使命に目覚めることになる。 |