ポルトガルのノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴの代表作『白い闇』をフェルナンド・メイレレス監督が映画化した『ブラインドネス』は、どことも特定されない都市を舞台に物語が展開していく。
突然目の前が真っ白になり、視力を完全に奪われる謎の伝染病が発生し、爆発的な感染力で世界に広がっていく。感染者たちは、政府の決定によって次々と軍に監視された収容所に隔離されていく。ところが、そんな感染者のなかにただひとり、目が見えている女が盲目を装って紛れ込んでいた。
メイレレス監督は、サラマーゴの原作と同じように、見えることと見えないことが生み出す現実を徹底的に突き詰めていく。収容所にはやがて権力者が出現し、食糧と引き換えに最初は金目のものを、それから女性の体を要求する。そんな状況が浮き彫りにするのは、単なる人間の醜さだけではない。権力者はまだ見える世界を引きずり、歴史を繰り返している。
だがその一方で、見えない者だけが共有できる感覚や感情が生まれるようになる。そこで重要な役割を果たすのが、ただひとりだけ目が見えている女の存在だ。彼女に導かれた集団は、闇と擬似家族的な関係のなかで、地位や人種や外見に隠れていたかたちにならない人間性に触れ、他者との新たな関係を築き上げていく。
プレスによれば、原作の『白い闇』は1995年の刊行直後から映画製作者の関心を集めていたが、サラマーゴが「映画は想像力を破壊する」といって映画化の提案を拒否していたのだという。その気持ちもわからないではない。原作では視力が奪われる病を踏まえて、登場人物たちが、「医者の妻」や「サングラスの娘」といったシンプルな記号だけで識別されているところに、想像力が膨らむ余地がある。
しかし、映画にはメイレレスの独自の視点を感じる。彼は、アジア人や黒人や白人からなる集団を作り、世界の縮図とした。『シティ・オブ・ゴッド』と『ナイロビの蜂』で格差や貧困が生み出す暴力性や苛酷な現実を描き出してきた彼は、この新作でそれを乗り越える道を提示していると見ることもできるだろう。
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