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愛を読むひと
The Reader  The Reader
(2008) on IMDb


2008年/アメリカ=ドイツ/カラー/124分/アメリカンヴィスタ/ドルビーデジタルSRD・DTS・SDDS
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(初出:)

 

 

二者択一を乗り越え、第三の道を切り開く

 

 1958年のドイツ、帰宅途中に体調を崩して立ち往生していた15歳のマイケルは、21歳年上のハンナに助けられ、恋に落ちる。マイケルはハンナにのめり込み、彼女の求めに応じて、チェーホフやロレンス、マーク・トウェインなどの様々な本を朗読する。だが、ある日突然、彼女は姿を消してしまう。そして8年後、法科の学生となったマイケルは、ナチス戦犯として法廷で裁かれる被告人のハンナと再会する。

 映画の原作であるベルンハルト・シュリンクのベストセラー『朗読者』では、マイケル(原作ではミヒャエル)の一人称で物語が綴られていく。そんな小説を映画化するのなら、ナレーションを使いたくなるところだが、この映画はナレーションにまったく頼ろうとしない。

 その結果として、切り捨てることを余儀なくされた部分も確かにある。原作では、戦後に明確なけじめをつけられなかった両親の世代と、過去を再検討し、両親の世代そのものを裁こうとするマイケルの世代との溝が、描き出される。映画から、戦後をめぐるそんな世代間の軋轢を読み取るには、かなり想像力を働かせなければならないだろう。


◆スタッフ◆
 
監督   スティーヴン・ダルドリー
Stephen Daldry
脚本 デヴィッド・ヘア
David Hare
原作 ベルンハルト・シュリンク
Bernhard Schlink
製作 アンソニー・ミンゲラシドニー・ポラック
Anthony Minghella, Sydney Pollack
撮影 クリス・メンゲスロジャー・ディーキンス
Chris Menges, Roger Deakins
編集 クレア・シンプソン
Claire Simpson
音楽 ニコ・ムーリー
Nico Muhly
 
◆キャスト◆
 
ハンナ・シュミッツ   ケイト・ウィンスレット
Kate Winslet
マイケル・バーグ レイフ・ファインズ
Ralph Finnes
青年時代のマイケル デヴィッド・クロス
David Kross
ローズ・メイザー/イラナ・メイザー レナ・オリン
Lena Olin
ロール教授 ブルーノ・ガンツ
Bruno Ganz
若き日のイラナ アレクサンドラ・マリア・ララ
Alexandra Maria Lara
-
(配給:ショウゲート )

 しかし、だからといって原作の深みがそこなわれているわけではない。映画ではマイケルとハンナの関係が、独自の表現で掘り下げられている。

 それはたとえば、マイケルとハンナが一泊旅行に出かけるくだりだ。レストランでマイケルにメニュー選びをまかせたハンナは、同じテーブルではしゃぎながらメニューを見ている子供たちにどうしても目が行ってしまう。彼女はこれまで勤勉に働いてきた。それでも自分は子供たちよりも劣っていると感じることが、彼女を傷つける。この場面を見ただけでも、彼女がなぜ秘密を隠し通そうとしたのかわかる気がする。

 ハンナが教会の長椅子に座って、様々な感情が入り混じった複雑な表情を見せる場面も印象的だ。その表情の意味は、マイケルが彼女の過去を知ることによって明らかになる。この場面は、彼女の過去が教会と深く関わっていることを示唆している。

 それから、水のイメージにも注目すべきだろう。1958年のマイケルとハンナの関係は、水と結びついている。ふたりは雨の日に出会う。ハンナの部屋では、朗読とセックスとともに、風呂に入ることが、彼らの親密な関係を表している。一泊旅行では、マイケルが川で泳ぐハンナを見つめながら詩を書く。ハンナを失った彼は、湖の浮き桟橋に腰を下ろし、湖面を見つめる。こうした水のイメージは、マイケルの視点に立てば、遠い記憶の象徴となる。逆にハンナの視点に立てば、過去を消し去りたいという願望と結びついていると見ることもできるだろう。

 ナレーションを廃したことは、解釈の幅を広げることに繋がっている。それがよく表れているのが、ハンナに判決が下される場面だろう。原作ではこのように表現されている。「ハンナは自分がどう見えるか知っていたのだろうか。それともひょっとしたら、そういうふうに見せたいと思ったのだろうか。ぼくにはわからない。彼女は黒いスーツに白いブラウスという服装だったが、スーツの形や、ブラウスに合わせたネクタイなどが、まるで制服のように見えた。ぼくは親衛隊で働いていた女性たちの制服を見たことはない。しかし、ぼくも、他の傍聴人も、制服を目の当たりにしているような気がした

 映画では、このハンナの服装について異なる解釈ができる。彼女は、市電の車掌の制服を意識してそういう服装を選択したということだ。なぜなら、原作の彼女は判決の瞬間にマイケルの方をまったく見ることなく前を向いているが、映画の彼女はマイケルの方を見るからだ。こういう細やかな表現ができるのは、原作をしっかりと読み込んでいるからだろう。

 『朗読者』映画化の企画は、アンソニー・ミンゲラの死によって、スティーヴン・ダルドリー監督に引き継がれることになったが、この小説はダルドリーに相応しい題材のように思える。

 彼の初監督作品『リトル・ダンサー』では、主人公のビリーとその一家が、サッチャー政権と全国鉱山労組の間で繰り広げられる死闘の真っ只中にいる。彼らには勝利か敗北しかない。そこでビリーがバレエをやりたいと言い出すことは、裏切りにもなりかねない。この映画の感動は、そんな二者択一の厳しい状況のなかで、家族が第三の道を切り開いていくところにある。二作目の『めぐりあう時間たち』では、異なる時代を生きる三人のヒロインが、それぞれに生と死の境界に立たされている。そんな彼女たちには、一日のドラマのなかで、これまでとまったく違う生き方が脳裏をよぎる瞬間がある。

 そして『愛を読むひと』にも二者択一と第三の道がある。ハンナの過去と秘密を知ったマイケルは、彼女を愛すのか憎むのか、許すのか裁くのか。大人になった彼は、苦悩しながら二者択一を乗り越え、彼にしかできない第三の道を切り開いていくのだ。

《参照/引用文献》
『朗読者』ベルンハルト・シュリンク●
松永美穂訳(新潮社、2000年)

(upload:2009/07/04)
 
 
《関連リンク》
『リトル・ダンサー』 レビュー ■
『レボリューション6』 レビュー ■
『ベルリン、僕らの革命』 レビュー ■
『グッバイ、レーニン!』 レビュー ■
『バーダー・マインホフ 理想の果てに』 レビュー ■

 
 
 
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