バーダー・マインホフ 理想の果てに
The Baader Meinhof Complex


2008年/ドイツ=チェコ=フランス/カラー/150分/ヴィスタ/ドルビーSRD
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(初出:web-magazine「e-days」Into the Wild2009年7月16日更新、若干の加筆)

 

 

ナチズムとの対決、ドイツ戦後世代が目指したもの

 

 ウリ・エデル監督の『バーダー・マインホフ 理想の果てに』には、バーダー・マインホフ・グループ=ドイツ赤軍(RAF)の軌跡が描き出される。時代背景は1967年から1977年。デパートへの放火によってベトナム戦争に抗議するアンドレアス・バーダーとグドルン・エンスリンのカップル。そして、デモのなかで国家権力による激しい弾圧を目の当たりにした女性ジャーナリストのウルリケ・マインホフ。彼らの出会いから生まれたグループは、銀行強盗、爆破、誘拐、要人暗殺、ハイジャックなどの重犯罪を繰り返していく。

 映画の作り手の視点やスタイルは一貫している。グループの主義主張やメンバーたちの感情ではなく、彼らが何をしたのかを、事実に基づき克明に描き出す。このような題材を扱った映画は、ともするとベトナム戦争や世界革命、日本赤軍などと結びつけて観られることになるが、作り手たちの関心はまったく別のところにある。

 映画の原作、10年に渡る事件の全貌に迫る調査記録をまとめたシュテファン・アウストは1946年生まれ。すでに1978年からウルリケ・マインホフに関する映画の製作を考えていたという製作・脚本のベルント・アイヒンガー(『ヒトラー 最期の12日間』の製作・脚本も手がけている)は1949年生まれ。監督・共同脚本のウリ・エデルは1947年生まれ。注目すべきは、そんな戦後世代の意識だ。

 たとえば、『西ドイツ「過激派」通信』のなかで、ヘルベルト・ヴォルムはこのように書いている。「つぎのことだけは確かである。つまり、戦後世代の意識の発展にとって、国民社会主義[ナチズム]およびファシズムとの対決は、もっとも重要な構成要素のひとつだった。左翼および新左翼については、とくにこれが言える。かれらが政治的な正当性をもった最大の根拠は、とりわけこの点にあった

 戦後世代がナチズムと対決することは、彼らの両親の責任を問うことでもある。世界的なベストセラー『朗読者』で知られるドイツ人作家ベルンハルト・シュリンクは1944年生まれだが、『朗読者』からは、その対決の複雑さを読み取ることができる。物語の語り手で、シュリンクと同世代のミヒャエルは、両親の世代との関係をこのように表現している。

看守や獄卒たちを利用し、彼らの行いを妨げることもせず、1945年以降、彼らを追放しようと思えばできたのにそれもしなかった世代そのものが裁かれているのだった。そして、ぼくたちは再検討と啓蒙の作業の中で、その世代を恥辱の刑に処したのだった」「ぼくたちはみな両親を断罪したが、その罪状は1945年以降も犯罪者を自分たちのもとにとどめておいた、ということだった

 さらに、シュリンクが純文学ではなくミステリ小説によって作家としてのキャリアをスタートさせたことをここで思い出しておくのも無駄ではないだろう。彼は、『ゼルプの裁き』『ゼルプの欺瞞』『ゼルプの殺人』という三部作の主人公の探偵を、彼の同世代ではなく、両親の世代の人物に設定した。

 80年代の西ドイツを背景に登場してくる68歳の探偵ゲーアハルト・ゼルプは重い過去を背負っている。ナチの積極的な党員で厳格な検事だったゼルプは、多くの人々を強制収容所に送った。そんな彼は、旧ナチの同僚が再任されるようになっても司法界に戻ろうとはせず、探偵になった。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ウリ・エデル
Uli Edel
脚本/製作 ベルント・アイヒンガー
Bernd Eichinger
原作/監修顧問 シュテファン・アウスト
Stefan Aust
撮影監督 ライナー・クラウスマン
Rainer Klausmann
編集 アレクサンダー・ベルナー
Alexander Berner
音楽 ペーター・ヒンダートュア、フローリアン・テスロフ
Peter Hinderthur, Florian Tessloff
 
◆キャスト◆
 
ウルリケ・マインホフ   マルティナ・ゲデック
Martina Gedeck
アンドレアス・バーダー モーリッツ・ブライブトロイ
Moritz Bleibtreu
グドルン・エンスリン ヨハンナ・ヴォカレク
Johanna Wokalek
ブリギッテ・モーンハウプト ナディア・ウール
Nadja Uhl
ペトラ・シェルム アレクサンドラ・マリア・ララ
Alexandra Maria Lara
ホルスト・ヘロルド ブルーノ・ガンツ
Bruno Ganz
-
(配給:ムービーアイ)
 


 なぜシュリンクのミステリ小説にまで話を広げたかというと、シリーズ第2弾の『ゼルプの欺瞞』が、バーダー・マインホフ・グループや戦後世代と関わりのある物語になっているからだ。失踪した女子大生の行方を追うゼルプは、あるテロ事件をめぐって戦後世代のテロリストと向き合うことになるのだ。

 本書の解説でドイツ・ミステリの研究家・福本義憲は、ドイツの戦後世代=68年世代についてこのように書いている。「大学紛争とベトナム戦争と世界革命、そして政治的スローガンの時代。だが、それだけではない。とりわけドイツでは、68年世代はナチの第一世代を糾弾した。沈黙する父親に「おまえはあのとき何をしたのか」と問い詰めた世代だ。親と子の断絶はもはや埋めがたかった。だが、イデオロギーの対立が親に対する糾問をイデオロギー論争へと空転させていく。ファシズム論と全体主義の狭間で親たちの行動を解釈し、それを消化しきれぬままにある者はより過激な闘争へと走り、ある者は割り切れぬ思いを噛みしめつつ大学に戻った

 映画『バーダー・マインホフ』の作り手たちは、そうした過去を踏まえて、バーダー・マインホフ・グループの軌跡を検証している。彼らは、ナチズムとの対決という理想、あるいは「政治的な正当性の最大の根拠」がどのように変貌していったのかを冷徹に描き出す。それを明らかにしなければ、理想を取り戻し、その意味を再確認し、実現していくこともできないからだ。

《参照/引用文献》
『西ドイツ「過激派」通信』●
(田畑書店、1980年)
『朗読者』ベルンハルト・シュリンク●
松永美穂訳(新潮社、2000年)

『ゼルプの欺瞞』ベルンハルト・シュリンク●
平野卿子訳(小学館、2002年)

(upload:2009/11/22)
 
 
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