ウリ・エデル監督の『バーダー・マインホフ 理想の果てに』には、バーダー・マインホフ・グループ=ドイツ赤軍(RAF)の軌跡が描き出される。時代背景は1967年から1977年。デパートへの放火によってベトナム戦争に抗議するアンドレアス・バーダーとグドルン・エンスリンのカップル。そして、デモのなかで国家権力による激しい弾圧を目の当たりにした女性ジャーナリストのウルリケ・マインホフ。彼らの出会いから生まれたグループは、銀行強盗、爆破、誘拐、要人暗殺、ハイジャックなどの重犯罪を繰り返していく。
映画の作り手の視点やスタイルは一貫している。グループの主義主張やメンバーたちの感情ではなく、彼らが何をしたのかを、事実に基づき克明に描き出す。このような題材を扱った映画は、ともするとベトナム戦争や世界革命、日本赤軍などと結びつけて観られることになるが、作り手たちの関心はまったく別のところにある。
映画の原作、10年に渡る事件の全貌に迫る調査記録をまとめたシュテファン・アウストは1946年生まれ。すでに1978年からウルリケ・マインホフに関する映画の製作を考えていたという製作・脚本のベルント・アイヒンガー(『ヒトラー 最期の12日間』の製作・脚本も手がけている)は1949年生まれ。監督・共同脚本のウリ・エデルは1947年生まれ。注目すべきは、そんな戦後世代の意識だ。
たとえば、『西ドイツ「過激派」通信』のなかで、ヘルベルト・ヴォルムはこのように書いている。「つぎのことだけは確かである。つまり、戦後世代の意識の発展にとって、国民社会主義[ナチズム]およびファシズムとの対決は、もっとも重要な構成要素のひとつだった。左翼および新左翼については、とくにこれが言える。かれらが政治的な正当性をもった最大の根拠は、とりわけこの点にあった」
戦後世代がナチズムと対決することは、彼らの両親の責任を問うことでもある。世界的なベストセラー『朗読者』で知られるドイツ人作家ベルンハルト・シュリンクは1944年生まれだが、『朗読者』からは、その対決の複雑さを読み取ることができる。物語の語り手で、シュリンクと同世代のミヒャエルは、両親の世代との関係をこのように表現している。
「看守や獄卒たちを利用し、彼らの行いを妨げることもせず、1945年以降、彼らを追放しようと思えばできたのにそれもしなかった世代そのものが裁かれているのだった。そして、ぼくたちは再検討と啓蒙の作業の中で、その世代を恥辱の刑に処したのだった」「ぼくたちはみな両親を断罪したが、その罪状は1945年以降も犯罪者を自分たちのもとにとどめておいた、ということだった」
さらに、シュリンクが純文学ではなくミステリ小説によって作家としてのキャリアをスタートさせたことをここで思い出しておくのも無駄ではないだろう。彼は、『ゼルプの裁き』『ゼルプの欺瞞』『ゼルプの殺人』という三部作の主人公の探偵を、彼の同世代ではなく、両親の世代の人物に設定した。
80年代の西ドイツを背景に登場してくる68歳の探偵ゲーアハルト・ゼルプは重い過去を背負っている。ナチの積極的な党員で厳格な検事だったゼルプは、多くの人々を強制収容所に送った。そんな彼は、旧ナチの同僚が再任されるようになっても司法界に戻ろうとはせず、探偵になった。 |