グッバイ、レーニン!
Good Bye Lenin!  Good Bye Lenin!
(2003) on IMDb


2003年/ドイツ/カラー/121分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:「キネマ旬報」2004年3月上旬号)

 

 

グローバリズムに対抗する
もうひとつのドイツ統一という歴史

 

 ヴォルフガング・ベッカー監督の『グッバイ、レーニン!』に描かれるのは、ベルリンでなければ語ることができない物語である。主人公の若者アレックスは、母親や姉と東ベルリンに暮らしている。ベルリンの壁が崩壊するひと月ほど前のこと、愛国者の母親は、改革を求めるデモに参加する息子の姿を目の当たりにして心臓発作を起こし、昏睡状態に陥ってしまう。

 彼女が奇跡的に目覚めるのは、8ヵ月後の90年6月ことで、壁が崩壊した世界には資本主義の波が押し寄せ、姉はバーガーキングで働き、ドイツの統一が迫りつつある。

 母親がもう一度ショックを受けたら命取りになると医師に告げられたアレックスは、自宅の一室に壁の崩壊以前の世界を再現し、芝居を始める。テレビが見たいと言われれば、映画マニアの友人に協力してもらい、編集した古いニュースをビデオで流す。

 窓からコカコーラの巨大な看板が見えてしまうと、実はコカコーラは東ドイツの発明だったというニュースをでっち上げ、歩けるようになった母親が勝手に外に出て、変貌を目にしてしまうと、資本主義に疲れた西の難民を受け入れているというニュースをでっち上げる。

 しかしこの映画は、真実が露見するかどうかをめぐる単純な悲喜劇でもなければ、母と息子の絆を描くだけの物語でもない。その魅力は、同じように壁の崩壊以前と以後が鍵を握るグレゴー・シュニッツラー監督の『レボリューション6』と対比してみると明確になる。

 『レボリューション6』では、爆弾の爆発によってふたつの時代に繋がりが生まれる。西ベルリンで、アメリカや資本主義に対してアナーキーな抵抗運動を繰り広げていた六人の若者たち。彼らが仕掛け、不発に終わった時限装置が、15年後に目を覚ます。その結果、今ではそれぞれの道を歩む主人公たちは、犯罪の証拠となるフィルムをめぐって、警察と駆け引きを繰り広げることになる。

 この映画で、6人のなかでいまだに抵抗運動を続けている二人組の前に立ちはだかるベテラン刑事は、こんな台詞を口にする。「右と左の闘いは終わった。いまは勝ち組と頑固な負け組の闘いだ」。確かに、彼らの仲間たちは去っていってしまったが、現実はそれほど単純ではない。共産主義体制は崩壊したが、それは必ずしも西側の勝利を意味するわけではない。

 80年代にアメリカやイギリスから世界に広がったグローバリズムは、"自由"を非情な競争原理に基づく金儲けと無限の消費に変えてしまった。壁を崩壊に導いたのも、西や東の意味を奪い去る圧倒的な経済の力でしかない。だから旧東ドイツの人々は、西側に幻滅し、ノスタルジーに駆られたのだ。そんな現実に対してこの映画では、バラバラになった仲間たちが、爆発をきっかけに過去を見つめなおし、再び力を合わせることによって、その「勝ち組と頑固な負け組」という図式を修正していくのである。


◆スタッフ◆

監督   ヴォルフガング・ベッカー
Wolfgang Becker
脚本

ベルント・リヒテンベルク、ヴォルフガング・ベッカー
Bernd Lichtenberg,Wolfgang Becker

撮影監督 マルティン・ククラ
Martin Kukula
編集 ペーター・R・アダム
Peter R. Adam
音楽 ヤン・ティルセン
Yann Tiersen

◆キャスト◆

アレックス   ダニエル・ブリュール
Daniel Bruhl
アレックスの母 カトリーン・サース
Katrin Saβ
ララ チュルバン・ハマートヴァ
Chulpan Khamatova
アリアネ マリア・シモン
Maria Simon
デニス フロリアン・ルーカス
Florian Lukas

(配給:ギャガ・コミュニケーションズ
 Gシネマグループ)
 


 『レボリューション6』が、西ベルリンを起点とした現代に対するメッセージであるとするなら、『グッバイ、レーニン!』は、それに対する東ベルリンの返答だといえる(ベッカー監督は旧西ドイツ出身だが、映画を観れば徹底して東の立場から世界をとらえていることがわかるだろう)。アレックスに支えられた母親の世界は、いわば孤立無援の「頑固な負け組」の世界である。

 ところが、アレックスが母親のためにしていたことは、次第に彼自身の純粋な喜びに変わっていく。それは、西側に幻滅した人間が、ノスタルジーに駆られ、幻想に逃避するというのとは違う。彼は、虚構のシナリオを発展させていくことで、自分を見つめなおし、「勝ち組と頑固な負け組」という図式を修正していくのだ。

 この映画のなかで特に印象に残るエピソードのひとつに、アレックスとイェーンの出会いがある。イェーンは、東ドイツで唯一の宇宙飛行士となった英雄で、少年時代のアレックスの憧れの的だった。アレックスはタクシーに乗ったときに、偶然、彼に出会う。英雄は、壁の崩壊以後の世界で、運転手になっている。過去の栄光など思い出したくもない彼は、じっと見つめるアレックスに、他人の空似だと言って苦笑する。

 アレックスは、東ドイツ、というよりも彼が求める世界において、いまだに揺るぎない英雄である彼の協力を仰ぎ、テレビのなかにもうひとつのドイツ統一という歴史を創造する。それは、彼の名前や顔を利用することではない。虚構を共有するとき、そこに強い絆が生まれ、母親に真実が露見するかどうかはもはや必ずしも重要なことではなくなっているのである。

 この映画をドラマティックなものにしている要因のひとつは、母親が壁の崩壊とドイツ統一の狭間の時間に目覚めることにあるが、映画に盛り込まれているのは、ある程度の年月が経過しなければ見えてこない視点である。ベッカー監督は、そんな現代的な視点を、実に鮮やかにもうひとつのドイツ統一という歴史に集約しているのだ。


(upload:2004/04/18)
 
 
《関連リンク》
『バーダー・マインホフ 理想の果てに』 レビュー ■
『レボリューション6』 レビュー ■
『ベルリン、僕らの革命』 レビュー ■
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