ジョナサン・サフラン・フォアの同名ベストセラーを映画化したスティーヴン・ダルドリー監督の『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』では、9・11で父親を亡くした少年が、様々な他者との出会いを重ねる旅のなかで、喪失を乗り越えていく姿が描き出される。
一風変わったタイトルは、主人公の少年にアスペルガー症候群の因子がある可能性を示唆している。父親はそんな息子を治すのではなく、個性を伸ばそうとしてきた。それだけに父親を亡くした衝撃は大きい。
悲しみから立ち直れないオスカーは、ある日、父の遺品のなかから一本の鍵を見つける。鍵が入っていた封筒には“ブラック”の文字があった。彼はその鍵に父親からのメッセージが込められていると信じ、鍵穴を探す旅に出る。母親に内緒で、ニューヨーク中のブラック氏を訪ね歩くオスカー。やがて、祖母のアパートに間借りしている謎の老人が同行者となり、ついに鍵の真実とめぐり会うが──。
原作では、第二次世界大戦中のドレスデン大空襲というもうひとつの軸にも重点が置かれ、物語が重層的に綴られていくが、映画では、9・11と主人公の少年の視点にかなり絞り込まれている。
ダルドリー監督の視点は、少年とマックス・フォン・シドーが演じる“間借り人”とのコントラスト、あるいは関係によく表れている。オスカーは因子ゆえにしゃべりまくり、間借り人はしゃべることができない。映画では、彼の沈黙の演技が過去のドレスデン大空襲を想像させるが、注目したいのは必ずしもその部分ではない。
老人の両方の手のひらには、それぞれに「Yes」と「No」の文字が刻み込まれている。彼はその手のひらを見せることで、質問に答える。そうしたやりとりからダルドリーの世界が切り拓かれていく。 |