ものすごくうるさくて、ありえないほど近い
Extremely Loud & Incredibly Close


2011年/アメリカ/カラー/129分/スコープサイズ/ドルビーSRD・DTS・SDDS
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(初出:Into the Wild 2.0 |大場正明ブログ、加筆)

 

 

9・11と父親の死、喪失を乗り越える少年の旅
「Yes」と「No」という二者択一の先に見える救い

 

 ジョナサン・サフラン・フォアの同名ベストセラーを映画化したスティーヴン・ダルドリー監督の『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』では、9・11で父親を亡くした少年が、様々な他者との出会いを重ねる旅のなかで、喪失を乗り越えていく姿が描き出される。

 一風変わったタイトルは、主人公の少年にアスペルガー症候群の因子がある可能性を示唆している。父親はそんな息子を治すのではなく、個性を伸ばそうとしてきた。それだけに父親を亡くした衝撃は大きい。

 悲しみから立ち直れないオスカーは、ある日、父の遺品のなかから一本の鍵を見つける。鍵が入っていた封筒には“ブラック”の文字があった。彼はその鍵に父親からのメッセージが込められていると信じ、鍵穴を探す旅に出る。母親に内緒で、ニューヨーク中のブラック氏を訪ね歩くオスカー。やがて、祖母のアパートに間借りしている謎の老人が同行者となり、ついに鍵の真実とめぐり会うが──。

 原作では、第二次世界大戦中のドレスデン大空襲というもうひとつの軸にも重点が置かれ、物語が重層的に綴られていくが、映画では、9・11と主人公の少年の視点にかなり絞り込まれている。

 ダルドリー監督の視点は、少年とマックス・フォン・シドーが演じる“間借り人”とのコントラスト、あるいは関係によく表れている。オスカーは因子ゆえにしゃべりまくり、間借り人はしゃべることができない。映画では、彼の沈黙の演技が過去のドレスデン大空襲を想像させるが、注目したいのは必ずしもその部分ではない。

 老人の両方の手のひらには、それぞれに「Yes」と「No」の文字が刻み込まれている。彼はその手のひらを見せることで、質問に答える。そうしたやりとりからダルドリーの世界が切り拓かれていく。


◆スタッフ◆
 
監督   スティーヴン・ダルドリー
Stephen Daldry
脚本 エリック・ロス
Eric Roth
原作 ジョナサン・サフラン・フォア
Jonathan Safran Foer
撮影 クリス・メンゲス
Chris Menges
編集 クレア・シンプソン
Claire Simpson
音楽 アレクサンドル・デスプラ
Alexandre Desplat
 
◆キャスト◆
 
トーマス・シェル   トム・ハンクス
Tom Hanks
リンダ・シェル サンドラ・ブロック
Sandra Bullock
オスカー・シェル トーマス・ホーン
Thomas Horn
間借り人 マックス・フォン・シドー
Max von Sydow
アビー・ブラック ヴァイオラ・デイヴィス
Viola Davis
ドアマンのスタン ジョン・グッドマン
John Goodman
ウィリアム・ブラック ジェフリー・ライト
Jeffrey Wright
オスカーの祖母 ゾーイ・コールドウェル
Zoe Caldwell
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(配給:ワーナー・ブラザース映画)
 

 ダルドリーの監督デビュー作『リトル・ダンサー』では、主人公のビリーとその一家が、サッチャー政権と全国鉱山労組の間で繰り広げられる死闘の真っ只中にいる。彼らには勝利か敗北しかない。そこでビリーがバレエをやりたいと言い出すことは、裏切りにもなりかねない。この映画の感動は、そんな二者択一の厳しい状況のなかで、家族が第三の道を切り開いていくところにある。

 マイケル・カニンガムのベストセラーを映画化した第2作『めぐりある時間たち』では、ヴァージニア、ローラ、クラリッサという異なる時代を生きる三人の女性の物語が交錯していく。ヴァージニアとローラは、生きるか死ぬかという二者択一をめぐって異なる道を選ぶが、クラリッサは他のふたりの女性の内面にも秘められていた第三の道を歩んでいる。

 ベルハルト・シュリンクのベストセラーを映画化した第3作『愛を読むひと』では、主人公マイケルが、ハンナの過去と秘密を知ったときに、彼女を愛すのか憎むのか、許すのか裁くのかという二者択一を迫られる。しかし大人になったマイケルは、苦悩しながら二者択一を乗り越え、彼にしかできない第三の道を切り開いていく。

 この新作でも間借り人は少年の質問に対して、「Yes」か「No」でしか答えようがないし、少年もブラック氏にそのような答を求めているが、本当に大切なものは二者択一の先にはない。だから少年は最後に、第三の道を見出す。


(upload:2014/01/17)
 
 
《関連リンク》
スティーヴン・ダルドリー 『トラッシュ!-この街が輝く日まで-』 レビュー ■
『愛を読むひと』 レビュー ■
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