思秋期
Tyrannosaur


2011年/イギリス/カラー/98分/スコープサイズ/ドルビー
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(初出:「映画.com」2012年10月9日更新、加筆)

 

 

自分の人生が悪い方向に向かっているとわかっていながら
どうすることもできない男女のもどかしさ、そして痛み

 

 1974年生まれで、俳優としてイギリスのみならずアメリカにも活動の場を広げてきたパディ・コンシダイン(主な出演作は、『24アワー・パーティ・ピープル』(02)、『イン・アメリカ 三つの願い事』(02)、『Dead Man’s Shoes』(04)、『シンデレラマン』(05)、『ボーン・アルティメイタム』(07)など)。

 彼がアスペルガー症候群と診断されたのは36歳のときのことだった。ということは、それまでずっと原因もわからないままに、自分を取り巻く世界との溝やコミュニケーションの壁に苦しめられてきたことになる。

 コンシダインのこの長編初監督作品には、そんな個人的な体験が反映されていると書けば、ジョセフという男のことを意味していると思われるだろう。確かに彼は、衝動を抑えられず、周囲に苛立ちをぶつけ、孤立している。しかしそれだけなら、労働者階級の世界を描くイギリス映画という枠組みに収まっていただろう。

 もちろん、そういう枠組みでも優れた作品は撮れる。実際この映画では、ジョセフの親友の葬儀の場面で、労働者のコミュニティが漂わせる親密な空気が、そこに居合わせているかのように極めて自然にとらえられ、心を揺さぶられる。

 だが、コンシダインは意識して枠組みを取り払おうとしている。それは、プレスに収められたインタビューの以下のような発言に現れている。

手持ちカメラの美学は、特に社会派リアリズムのドラマではもう死んだと思っているんだ。僕は社会派リアリストじゃない。むしろアンチだ

この国で映画を作ろうとすると、僕たちは自分自身を有刺鉄線で巻いて制限してしまう。だから僕は、自分が作る作品が“小さな英国映画”ではないと思うことにした

 コンシダインが掘り下げるのは、ジョセフと、そして彼とは異なる世界で生きる中流の女性ハンナとの関係だ。そして信仰やアルコールに救いを求める彼女にも、間接的にコンシダインの体験が反映されているように思える。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   パディ・コンシダイン
Paddy Considine
撮影 エリック・アレクサンダー・ウィルソン
Erik Alexander Wilson
編集 ピア・ディ・キアウラ
Pia Di Ciaula
音楽 クリス・ボールドウィン、ダン・ベイカー
Chris Baldwin, Dan Baker
 
◆キャスト◆
 
ジョセフ   ピーター・ミュラン
Peter Mullan
ハンナ オリヴィア・コールマン
Olivia Colman
ジェームズ エディ・マーサン
Eddie Marsan
サミュエル サミュエル・ボットモレイ
Samuel Bottomley
トミー ネッド・デネヒー
Ned Dennehy
ジャック ロビン・バトラー
Robin Butler
 
(配給:エスパース・サロウ)
 

 というのもこの映画ではまずなによりも、自分の人生が悪い方向に向かっているとわかっていながら、どうすることもできない男女それぞれのもどかしさが、実に見事に描き出されているからだ。

 いや、もっと厳密にいえば、そんな状況に陥っているのはジョセフとハンナだけではない。ジョセフは、向かいに暮らす少年と心を通わせ、少年にとって彼の義父の存在が脅威となっていることを承知していながら、どうすることもできない。そして悲劇は起こる。

 コンシダインは、追い詰められていく人間を、犬を通して象徴的に表現している。映画の終盤でジョセフは、ある犬について語りながら、こんな台詞を口にする。「動物は過度に虐待されれば反撃に出る」。しかしそれは犬だけを意味しているのではない。

 この映画は、つまらない諍いから激昂したジョセフが、自分の飼っている犬を蹴り殺してしまうところから始まる。そのとき彼は、自分こそが虐待された犬になっていることにまだ気づいていない。だからその後も反撃を繰り返す。

 しかし、ハンナの真実を目の当たりにし、彼女のなかに自分の姿を見たときに変わっていく。お互いの痛みを肌で感じ、共有することによって、「信仰心がないのに自然と祈っている」と囁くような人間になっているのだ。


(upload:2010/08/06)
 
 
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