『ワンダーランド駅で』で注目されたブラッド・アンダーソン監督の新作『セッション9』は、19世紀に建造され、1985年に閉鎖された本物の精神病院の廃墟を舞台にしている。この建物が公共施設に改修されることになり、5人の業者が有害なアスベストの除去作業を始める。だが、密室と化していく不気味な廃墟のなかで彼らの結束は乱れ、精神に異常をきたしていく。
この映画をオカルトと見る向きもあるだろう。業者のリーダーであるゴードンは、家庭に病気の子供という深刻な問題を抱えているうえに、連続して入札に失敗し、経済的に追いつめられている。そのために通常は2週間かかる仕事を、無理を承知で1週間で請け負ってしまう。作業が終えられなければ、1万ドルの報酬がふいになる。それはかなりのプレッシャーだといえる。
一方、業者のひとりで、精神治療に異常な関心を持つマイクは、廃墟のライブラリーで見つけた診療を記録したテープの内容に引き込まれていく。それは多重人格障害の患者の記録で、患者の告白はドラマと並行して断片的に続き、最後に22年前のクリスマス・イヴに起こった悲劇が明らかになる。
ゴードンに巣くう狂気とこの多重人格障害の患者のエピソードを結びつければ、オカルトに近いドラマになる。だがこの映画にはもうひとつ、見逃せないエピソードが埋め込まれている。舞台となる精神病院は、レーガン時代の支出削減の方針によって閉鎖されたことになっているが、その裏話というのが興味深い。
アメリカでは80年代から90年代にかけて回復記憶療法が問題になった。これは、主に女性に現れる心身の障害の原因を、抑圧によって記憶から抹消された過去の体験(たとえば性的虐待)にあるとみなし、記憶を取り戻し、真実と向き合うことで障害を克服しようとする精神療法だ。
ところが、次第に患者やその家族から、記憶を再生するのではなく、偽の記憶を植え付けられているという批判が巻き起こり、虚偽記憶症候群とまでいわれる問題となった。この映画では、その療法を導入し、偽の記憶でスキャンダルを巻き起こしたことが病院閉鎖の真相とされている。
このエピソードは、多重人格障害の患者のリアルで生々しい告白とは対照的な、もうひとつの現実を提示する。ピュリッツァ賞を受賞している社会心理学者リチャード・オフシェとフリーランスのライター、イーサン・ワターズがこの回復記憶療法の実態を明らかにした著書のタイトルは『Making Monsters』だった。
おそらくゴードンは、霊のとり憑かれるのでも、同じような病気に侵されるのでもない。それぞれにコンプレックスや恐怖症を抱える5人の男たちが、あまりにも過酷なノルマに縛られて作業を進めるうちに、相互に負の影響を及ぼし、密室のなかに怪物を生み出してしまうのだ。 |