ドッグ・ショウ!
Best in Show


2000年/アメリカ/カラー/90分/ヴィスタ/ドルビーSRD・DTS・SDDS
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(初出:『ドッグ・ショウ!』劇場用パンフレット)

 

 

犬を通したユニークな人間観察のドラマ

 

 『ドッグ・ショウ!』は、群像劇を得意とするロバート・アルトマンの作品を連想させる。アルトマンは、ドラマが演じられる空間を、演劇の舞台であるかのように巧みに限定し、劇場を構築してしまう。登場人物たちは、その舞台の上で無意識のうちに自分を演じ、演じることから生まれる自己の表層に振り回され、表層と現実のギャップから様々なものが見えてくる。

 もちろん『ザ・プレイヤー』や『プレタポルテ』のように、映画界やファッション界といった設定であれば、そんなアプローチも予想できなくはないが、アルトマンの場合はどんな設定でもそれを実践してしまう。たとえば、ロスの郊外に暮らす様々なカップルたちのドラマを描いた『ショート・カッツ』。 この映画の冒頭では、害虫駆除の薬剤を散布するヘリの旋回によって、目に見えない境界線が引かれ、舞台ができる。その舞台上では、登場人物たちが仕事や日常生活のなかで、常に他者の視線を意識して自分を演出し、誰もが表層に囚われていく。そして映画のラストでロス大地震が起こると、まるで舞台の呪縛がとかれたように、登場人物と観客は現実に引き戻され、 それぞれに自分がどんな世界を生きているのか振り返ることになる。

 『ドッグ・ショウ』にも、こうしたアルトマン作品に通じるアプローチがある。この映画では、アメリカのまったく異なる場所で異なる生活を送る人々が、"ドッグ・ショウ"という限定された舞台でドラマを繰り広げる。彼らはドッグ・ショウにすべてを賭けているのだから、それだけなら必ずしも特別なアプローチではない。しかしこのドラマには、ユニークな視点が盛り込まれている。

 ひとつは、擬似ドキュメンタリー仕立てというアイデアだ。主人公の愛犬家たちは、カメラに向かって自分と愛犬のことを雄弁に語り、それぞれの人物像や犬との関係がリアルに描きだされる。但しそこには、カメラの向こうの他者に対する意識が働いている。たとえば、ハーランと愛犬は自信の塊のように見えるが、車のなかで腹話術をやる彼の姿には、 自信家とは違う一面が見える。シェリーは自信の上に必勝を期してクリスティーを雇うが、実は彼らも不安を抱えている。


◆スタッフ◆

監督/脚本
クリストファー・ゲスト
Christopher Guest
脚本 ユージーン・レヴィ
Eugene Levy
撮影 ロベルト・シェイファー
Roberto Schaefer
編集 ロバート・レイトン
Robert Leighton

◆キャスト◆

シェリー
ジェニファー・クーリッジ
Jennifer Coolidge
ハーラン クリストファー・ゲスト
Christopher Guest
スコット ジョン・マイケル・ヒギンズ
John Michael Higgins
ハミルトン マイケル・ヒッチコック
Michael Hitchcock
ジェリー ユージーン・レヴィ
Eugene Levy
クリスティー ジェイン・リンチ
Jane Lynch
ステファン マイケル・マッキーン
Michael McKean
 
(配給:ワーナー・ブラザース)
 


 そしてもうひとつ見逃せないのが、セラピーという要素である。この映画は、メグとハミルトンのカップルがセラピーを受けているところから始まる。登場人物のなかで、セラピーを受けているのは彼らだけだが、この映画全体も明らかに、ある種のセラピーという視点でとらえられている。それは必ずしも犬が飼い主に対してセラピー的な効果をもたらすという意味ではない。

 主人公の愛犬家たちは、ドッグ・ショウというひのき舞台に向かって、愛犬に過剰なまでに自己を投影していく。それだけに、愛犬がドッグ・ショウで敗れたときのショックは計り知れないものがある。この映画のひとつの大きなテーマは、自分の分身である犬がドッグ・ショウで破れ、自分の存在が否定されたとき(大袈裟に響くかもしれないが、このドラマを観れば頷けるだろう)、 そこからどのように立ち直り、自分をどのように再発見することができるかというところにある。アルトマン的にいえば、ドッグ・ショウで敗れる瞬間とは、自分が犬と完全に同一化した舞台の呪縛からとかれる瞬間といえる。この映画では、擬似ドキュメンタリーとこのセラピーという視点が実にうまく絡み、独特のユーモアを生みだしているのだ。

 シェリーとクリスティーは連覇の夢を断たれるが、敗北が彼女たちの関係を別な方向に発展させる。犬を愛するレズビアンのための雑誌を出して成功をおさめると同時に、彼女たちのアイデンティティを確認するのだ。スコットとステファンは、愛犬をモデルに懐かしの名作映画の世界をカレンダーで再現し、彼らを結びつけたものを確認する。腹話術を慰めにしてきたハーランは、 自己確認の旅に出る。要するに彼らは敗北を契機に、犬とは違う自分というものを再発見していくのだ。但し、メグとハミルトンのカップルは例外である。なんせ彼らは、いつもさかっている犬を飼い、自分たちもセックスに励むことだけで、問題が解決するのだから。

 一方、ジェリーとクッキーの場合は、他の愛犬家とは違うかたちで自分を再発見する。特にジェリーである。生まれながらに足に深い悩みを抱えていた彼には、ハンデを克服したというささやかな自負がある。ところが、カップルが外の世界に出ていくと、彼はクッキーの男遍歴に圧倒され、常に一歩引かざるを得なかった。そんな彼は、彼女のアクシデントでハンドラーとして大舞台に立ち、自分の足で自分の存在を確認し、それを全米に向かって証明するのだ。

 『ドッグ・ショウ』は、犬を通してユーモアに満ちた人間観察を展開し、アイデンティティを検証する映画なのである。

 

(upload:2001/08/02)
 
 
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