DEMONLOVER デーモンラヴァー
DEMONLOVER


2002年/フランス/カラー/120分/スコープサイズ/ドルビーSR・SRD
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(初出:「Cut」2005年、若干の加筆)

現実から遊離し、自分を失い、匿名的な肉体となって
グローバリゼーションの世界に拡散していく女スパイ

 グローバリゼーションの時代の“リアル”を追求するようなオリヴィエ・アサイヤスの『DEMONLOVER デーモンラヴァー』は、ヴィンチェンゾ・ナタリの『カンパニー・マン』やデヴィッド・クローネンバーグの『ビデオドローム』と対比してみると、そのアプローチがより明確になるだろう。

 『カンパニー・マン』の主人公は、産業スパイになることで単調な日常から解放され、本来の自己に目覚めたかに見えるが、実は密かに洗脳され、操られている。『DEMONLOVER』は、そんな図式をさらにひねったような物語になっている。

 ヒロインのディアーヌが勤めるフランスの大企業「ヴォルフ・グループ」は、ポルノアニメを製作する日本の企業の買収に乗りだすと同時に、アメリカのネット企業「デーモンラヴァー」社と提携しようとしている。ディアーヌは実は、その「デーモンラヴァー」社の競争相手「マンガトロニクス」社が送り込んだ産業スパイだ。彼女は、上司のカレンを失脚させて交渉の実権を握り、提携の妨害を企む。しかし、敵もスパイを送り込んでいて、彼女は、気づかぬうちに操られている。

 共通点はそれだけではない。空港とグローバリゼーションの結びつきについては、「グローバリズムを象徴する空間の表と裏の世界」で書いたとおりだが、ナタリは、そんな空港やホテルなど画一的で標準化された空間を意識してドラマの背景に選び、グローバリゼーションのなかで揺らぐアイデンティティを描きだしている。『DEMONLOVER』にも同じ狙いがある。ドラマは、ファーストクラスの機内から始まり、空港、ホテル、オフィスなどの無機的で均質化された空間が強調されていく。

 そんな空間はさらにコンピュータ・ネットワークにも広がり、インターネット版『ヴィデオドローム』ともいうべき世界が切り開かれる。ポルノアニメの世界市場をめぐる熾烈な争いのなかで、敵の術中に陥ったディアーヌは、「デーモンラヴァー」社が裏で運営する“ヘルファイア・クラブ”に引き込まれていく。それは、双方向性によってユーザーの暴力的な欲望が現実になる違法なサイトだ。

 しかし『DEMONLOVER』には、『カンパニー・マン』や『ヴィデオドローム』とは決定的に違うところがある。この映画は、現代のリアルを描きだすために、ストーリーの飛躍や逸脱を必要としない。だからハイテクな洗脳技術や巨大な地下施設も、喘ぐヴィデオやテレビのなかだけに存在するメディアの教祖も出てこない。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   オリヴィエ・アサイヤス
Olivier Assayas
撮影 ドニ・ルノワール
Denis Lenoir
編集 リュック・バルニエ
Luc Barnier
音楽 ソニック・ユース
Sonic Youth
 
◆キャスト◆
 
ディアーヌ   コニー・ニールセン
Connie Nielsen
エルベ シャルル・ベルリング
Charles Berling
エリース クロエ・セヴィニー
Chloe Sevigny
エレイン ジーナ・ガーション
Gina Gershon
ヴォルフ ジャン=バプティスト・マラルトル
Jean-Baptiste Malartre
カレン ドミニク・レイモン
Dominique Reymond
ジーナ ジェリー・ブローシェン
Julie Brochen
-
(配給:東北新社)
 

 アサイヤスは、奇抜なガジェットを繰りだすことなく、ヒロインを取り巻く環境や状況と彼女の内面の関係を独自の視点で掘り下げていくことで、現代のリアルを描きだす。

 冷徹で、他者を寄せつけないディアーヌは、東京のホテルで珍しく隙を見せる。孤独を紛らすために見ていたアダルト番組に刺激され、以前から彼女を特別な目で見ていた補佐役のエルヴェを受け入れそうになるのだ。しかし、パリに戻った途端にガードが固くなる。その直接の原因は、留守中に部屋が荒らされていたことだが、それと同時に、これまでスパイに徹してきた彼女の意識にはズレが生じつつあり、それが不安に繋がっている。

 そして、彼女が「デーモンラヴァー」社の人間が滞在するホテルに忍び込み、致命的なミスを犯すことによって、不安の正体が明確になっていく。そのミスは敵のスパイによってヴィデオに記録されていたが、彼女にとって決定的なダメージとなるのは、ミスそのものよりも、その後で意識を失った自分が他者の前で晒し者になっていたことだ。

 ここで思い出されるのは、映画の冒頭で彼女の罠にはまったカレンのことだ。機内で睡眠薬を盛られ、空港で男たちに書類を奪われ、車のトランクに放置された彼女は、後にその体験をレイプと変わらないと語る。無防備な自分の姿を目の当たりにしたディアーヌに襲いかかるのも、スパイから遊離した肉体の苦痛であり、その結果、彼女はさらに恐ろしい事実に目覚める。

 ディアーヌには、『カンパニー・マン』の主人公が洗脳を解いて取り戻すような本来の自己などもはや存在しない。偽名や偽造の身分証を剥ぎ取られたとき、彼女に残されるのはその肉体だけなのだ。彼女には、スパイであることが唯一の現実であり、そこから遊離すれば、現実は崩壊し、その肉体はグローバリゼーションの世界に取り込まれ、拡散していくしかないのだ。


(upload:2014/01/22)
 
 
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