クリーン
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(2004) on IMDb


2004年/フランス=イギリス=カナダ/カラー/111分/シネマスコープ/ドルビーSRD
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(初出:「CDジャーナル」2009年8月号、EAST×WEST03)

 

 

アイデンティティの危機を乗り越えるための選択

 

 オリヴィエ・アサイヤスの2004年作品『クリーン』では、歌手を夢見ながらもドラッグに溺れ、ロックスターの夫を亡くし、息子の養育権を奪われたエミリーが、懸命に人生を立て直そうとする姿が描き出される。だが、アサイヤスが関心を持っているのは、エミリーという個人の再生の物語だけではない。

 見逃せないのは、『クリーン』とその前後に発表された『DEMONLOVER デーモンラヴァー』、『レディ アサシン』との関係だ。アサイヤスは映画を撮っているときには特に意識していなかったが、後から振り返ってそれらの作品を、グローバリゼーションをめぐる三部作と位置づけるようになった。

 たとえば新作『夏時間の庭』のプレスには、彼のこんな発言がある。「(三部作では)文化や言語が入り乱れ、物や金によって行動が定められてしまう現代社会について語りたかったのです

 『クリーン』の舞台は他の二作品と同じように国境を越え、バンクーバー、パリ、ロンドン、サンフランシスコへと広がっていく。ドラマには、英語、フランス語、中国語が入り乱れる。そんな世界のなかでヒロインの行動が規定されていく。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   オリヴィエ・アサイヤス
Olivier Assayas
撮影 エリック・ゴーティエ
Eric Gautier
編集 リュック・バルニエ
Luc Barnier
 
◆キャスト◆
 
エミリー・ワン   マギー・チャン
Maggie Cheung
アルブレヒト・ハウザー ニック・ノルティ
Nick Nolte
エレナ ベアトリス・ダル
Beatrice Dalle
イレーヌ ジャンヌ・バリバール
Jeanne Balibar
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(配給:トランスフォーマー)
 
 

 『DEMONLOVER』に登場する産業スパイのディアーヌ、『レディ アサシン』に登場する元娼婦のサンドラ、そしてエミリー。彼女たちは単にグローバルな世界で孤立するだけではなく、晒し者にされ、見えない力に翻弄され、アンデンティティを失う危機に直面する。

 この三部作を印象深いものにしているのは、それぞれのヒロインがたどる運命の違いだ。ディアーヌは、偽名も偽造の身分証もスパイの仮面も剥ぎ取られ、その肉体はグローバルな市場に取り込まれ、ネットに拡散していく。サンドラは、過去をかなぐり捨て、孤立無援の戦いを繰り広げ、偽名と偽造の身分証を獲得し、完全に匿名的な存在となる。

 エミリーのなかでは、歌に生きることと息子を取り戻すことが複雑に絡み合う。メディアによって夫を死に追いやったかのような批判を浴びる彼女が、歌に生きるのは容易なことではない。しかし、息子に依存してしまえば自己を確認することはできなかっただろう。この映画のラストに漂う余韻は深い意味を持っている。


(upload:2009/11/13)
 
 
《関連リンク》
『レディ アサシン』 レビュー ■
『夏時間の庭』 レビュー ■
グローバリゼーションと地域社会の崩壊
――『モンドヴィーノ』と『そして、ひと粒のひかり』をめぐって
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男女の関係に集約されるグローバリゼーション
――『街のあかり』と『ラザロ-LAZARUS-』をめぐって
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