THIS IS ENGLAND
THIS IS ENGLAND


2006年/イギリス/カラー/102分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:「CDジャーナル」2009年4月号、夢見る日々に目覚めの映画を86より抜粋、加筆)

 

 

サッチャー時代、ロールモデルを見出せない世界

 

 『THIS IS ENGLAND』は、シェーン・メドウズ監督が少年時代の実体験をもとに作り上げた作品だ。サッチャー政権下の1983年、イングランド中部。前年のフォークランド紛争で父親を亡くし、母親と決して豊かとはいえない生活を送る12歳の少年ショーンは、周囲と馴染めず、疎外されている。そんな彼は、年上のスキンヘッズのグループと偶然に出会い、彼らの仲間になることによって変貌を遂げていく。

 サッチャー政権の大きな分岐点は、スティーヴン・ダルドリー監督の『リトル・ダンサー』やデイヴィッド・ピースのジェイムズ・テイト・ブラック記念賞受賞作『GB84』などに描かれているように、サッチャーと全国鉱山労組が死闘を繰り広げた1984年だといえる。その分岐点とこの映画でメドウズが批判を加えるフォークランド紛争には繋がりがある。サッチャー政権は、フォークランド紛争を政治的に利用することによって求心力を獲得した。それがなかったら、84年の死闘は違ったものになっていたかもしれない。メドウズはその後の時代の流れも踏まえてフォークランド紛争に注目している。

 しかしこれは決して社会派的な映画ではない。同じくサッチャー時代を背景にしたメドウズの長編デビュー作『トゥエンティフォー・セブン』を振り返ってみると、サッチャー時代がこの監督にどのような心の傷を残したのかが察せられる。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   シェーン・メドウズ
Shane Meadows
製作 マーク・ハーバート
Mark Herbert
脚本 ダニー・コーエン
Danny Cohen
編集 クリス・ワイアット
Chris Wyatt
音楽 ルドヴィコ・エイナウディ
Ludovico Einaudi
 
◆キャスト◆
 
ショーン   トーマス・ターグース
Thomas Turgoose
コンボ スティーヴン・グラハム
Stephen Graham
シンス ジョー・ハートリー
Jo Hartley
シンス アンドリュー・シム
Andrew Shim
ロル ヴィッキー・マクルーア
Vicky McClure
ウディ ジョセフ・ギルガン
Joseph Gilgun
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(配給: キングレコード、日本出版販売 )
 

 『トゥエンティフォー・セブン』の主人公は、希望もなく争いに明け暮れる若者たちのためにボクシング・ジムを作る。この主人公は、若者たちのロールモデルになるかに見える。しかし結局、サッチャー時代を生きる大人がジムという希望を奪い去ってしまう。メドウズにとって最も悲惨な現実とは、大人がロールモデルになれず、子供がロールモデルを見出せない世界なのだ。

 新作では、そんな現実が、より複雑な人間関係を通して掘り下げられていくが、そこに話を進める前に振り返っておきたい映画がもう1本ある。ロールモデルという視点から、サッチャー時代を描いているのは、メドウズだけではない。スティーヴン・フリアーズ監督の『マイ・ビューティフル・ランドレット』では、この『THIS IS ENGLAND』に通じる状況が、ショーンとは異なる立場の若者、つまり移民の視点から描かれ、参考になる。

 アル中の父親と貧しい生活を送るパキスタン系の若者オマールは、羽振りのいい叔父から赤字のコイン・ランドリーをまかされ、幼なじみの白人ジョニーを誘い、金儲けにのめり込んでいく。サッチャリズムは個人の自助努力を奨励したため、移民にも成功のチャンスがあった。だが、オマールの生き方や心理には歪みがある。彼は、かつてジョニーが移民排斥のデモに加わったことに傷つき、自分が雇い主になったことに優越感を感じてもいる。祖国では優れたジャーナリストだったオマールの父親は、息子の現状を嘆き、彼が大学に戻ることを望んでいる。そうすれば、いまこの国で誰が誰になにをしているかがわかるからだ。

 『THIS IS ENGLAND』のショーンは、死んだ父親に代わるロールモデルを求めている。そして、まずスキンヘッズのリーダー格のウディが、次に刑務所から戻ってきた差別主義者のコンボがロールモデルになる。ショーンはコンボに導かれてナショナル・フロントの一員になり、移民排斥に駆り立てられていく。しかし、揺るぎない信念を持っているように見えたコンボは、ショーンの前で、恋愛や家族のことで自分をコントロールできなくなる脆さを曝け出す。彼もまたロールモデルを見出せないまま成長してきた人間だったのだ。


(upload:2009/05/29)
 
 
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