そしてとりわけ『ミッドナイト・エクスプレス』『炎のランナー』『キリング・フィールド』など国際的に高い評価を獲得した作品には、パットナムのひとつのスタイルが貫かれている。つまり、埋もれた実話に着目し、これをTV、CM界で鍛えられた新人のセンスを生かした確かなディテールの積み重ねによって映像化し、『ガンジー』や『インドへの道』といったイギリス映画の大作とはひと味違うシャープなリアリティを引き出しているということだ。
そして、パットナムが発掘した監督たちのその後といえば、アラン・パーカーは『ザ・ウォール』や『バーディ』、リドリー・スコットは『エイリアン』『ブレードランナー』『レジェンド/光と闇の伝説』、ヒュー・ハドソンは『グレイストーク』『レボリューション・めぐり逢い』とそれぞれに着実な成長をとげている。また、ローランド・ジョフィがパットナムと再び手を組んだロバート・デ・ニーロ主演の『ミッション』が、86年のカンヌでグランプリを受賞したことはまだ記憶に新しいが、この作品はイギリスを去ったパットナムの置き土産ともいえるわけだ。
それから、これはちょっと余談になるが、アル・パチーノ、ナスターシャ・キンスキーの主演でアメリカ独立戦争を描いたヒュー・ハドソンの大作『レボリューション・めぐり逢い』は、残念ながら未見だが、アメリカでは散々な酷評を買いロサンゼルス批評家協会賞の三部門受賞によってかろうじてお蔵入りをまぬかれたというほどの惨敗で、製作会社であるゴールドクレストがぐらついたという話もあるくらいだ。
話はそれたが、とにかくこのパットナムの抜けた穴を今後どのように埋めるのかが、イギリス映画界のひとつの課題といえるわけだ。これによって、パットナム・カラーの大作はイギリス映画から姿を消すことになるかもしれないが、見方をかえれば、これはイギリス映画のオリジナリティを見直す機会なのではないかという気もする。
というのも、パットナムの製作してきた作品群は、『デュエリスト』や『炎のランナー』などのようにアメリカ映画にはないある種の格調(それは映画の時代背景によるところも大きいのだが)を備えているとはいえるものの、全般的にイギリスという土壌を映像に色濃く投影することよりも、国際的に通用する人材とテーマを発掘することに主眼がおかれるという傾向があるからだ。
もちろん、国際的に通用する作品を作って海外配給による興収を確保するということはイギリス映画界の経済的な側面において極めて重要なことだが、それ一辺倒に傾くことは、他国に比べてただでさえこれまでの映画史において確固とした潮流を見出せなかったイギリス映画のオリジナリティをより軽薄なものとしてしまう危険性をはらんでいる。とはいうものの、パットナムは一方で『ローカル・ヒーロー』のようなイギリスという土壌に根ざした秀作も手がけているわけだが、そうした作品については後に触れることにして、とりあえず昨年のイギリス映画界の話題を追いかけることにしたい。
■■ヴァージン・ピクチャーズの映画製作中止■■
パットナムの去就の話題ほどではないが、やはりイギリス映画界の痛手となったのが、ヴァージン・ピクチャーズの映画製作中止の決定だろう。ヴァージン・ピクチャーズは、マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」など多くのビデオクリップを手がけてきたスティーブ・バロンの劇場用映画進出第一弾である『エレクトリック・ドリーム』(『トップ・ガン』のようにMTVブームに単純に迎合した子供向け映画ではなく、軽さに味のあるステキな作品だった)を機に、ヴァージン・レコードの社主リチャード・ブランソンが設立した映画製作会社だ。
それ以後、リチャード・バートンの遺作となったマイケル・ラドフォード監督の『1984』や30年代イギリスのパブリック・スクールを舞台に、若者たちの権力への野心や思想、同性愛などを格調高く回顧的な色調のなかに浮き彫りにし、84年のカンヌで芸術最高貢献賞を受賞したマレク・カニエフスカ監督の『アナザー・カントリー』など、決して派手ではないが力のこもった作品を発表してきた。
ヴァージンの映画製作中止の経緯は寡聞にして知らないが、ヴァージンの作品も含めてイギリス映画には、アメリカ映画への対抗意識から一方的に芸術性(あるいは文学性)への傾斜を強め、観客の嗜好から遊離してしまう傾向があるように思う。これはヴァージン作品ではないが、『アナザー・カントリー』受賞の翌年、85年のカンヌでヤング大賞を受賞した、イギリス最後の死刑囚といわれるルース・エリスの実話をもとにした『ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー』にも同様のことがいえるのではないだろうか。===>2ページにつづく |