『カラヴァッジョ』は7年越しということもあって大作となったが、これからのイギリス映画をささえていくのはメジャー、インディ系を問わず、とりあえず大作ではなく、しかも芸術性への逃避を拒否し、イギリスという土壌や作家の個性を色濃く反映し、小粒ながらピリッとしたひねりがきいた作品だと思うし、それを期待してもいる。大作は、そうした作品の充実から自然発生すればよいのだ。
但し、そうした比較的地味な作品が、海外配給において、話題性だけの大作群の影にかくれてヒットに結びつかない危険性は多分にある。その責任の一部は、海外の観客にもあるし、日本も決して例外とはいえない。実際、昨年だけをとってみても本数はきわめて少ないが、これからのイギリス映画の手応えを十分に感じさせてくれる作品が日本でもちゃんと公開されているのだ。
たとえば、先にちょっと触れたビル・フォーサイス監督の『ローカル・ヒーロー』。マスコミの話題にすらのぼらず残念なことに短期間で公開を終えた作品だが、誇示的には昨年観た映画の中でベスト3に入る傑作なのであり、何度見ても笑いと涙がこみあげてきてしまう不思議なリズムとユーモア感覚を備えた作品である。
なお、『ローカル・ヒーロー』に続くフォーサイスの4作目『アイスクリーム・コネクション』(Comfort and Joy)は、劇場未公開ながらビデオで観ることができる。こちらも前作におとらずすばらしい作品である。どちらの作品も、あまり冴えない主人公が、自分とは縁のない小さな地域やコミュニティに闖入し、きわめて三枚目的に人々の絆をとりもっていくといった物語だが、大きな世界の動き(『ローカル・ヒーロー』では平和な田舎町をかすめるように飛び去るジェット戦闘機、『アイスクリーム・コネクション』では、ラジオから流れる世界情勢)の中にあるイギリスの、そのまた小さな社会という構図をフォーサイスが巧みに描いていることに注目したい。
また、昨年末に公開されたイギリスの新鋭クリス・バーナードのデビュー作『リヴァプールから手紙』も、前半は冴えないメロドラマに見えながら、後半ではソビエトのイメージとしての絶望とリヴァプールの現実としての絶望を見事に対比した秀作である。
■■イギリスに舞い戻った期待の新星A・コックス■■
さて最後になるが、昨年のイギリス映画界のもうひとつの話題は、アレックス・コックスの『シド&ナンシー』の公開である。イギリスを脱出し、ロスでその映画的な才能に磨きをかけ、『レポマン』のカルト・ヒットを放ち、セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスとナンシー・スパンゲンの実話を映画化した『シド&ナンシー』でイギリス映画界に切り込んできたアレックス・コックスは、大げさな言い方をすれば、パットナムと入れ替わるようにイギリスに舞い戻った期待の新星ということになるだろう。
海外では『シド&ナンシー』を、ドラッグにおぼれていくふたりの姿を徹底的なリアリズムで描いた作品として高く評価しているようだが、筆者はちょっと違うように思った。コックスはどんなに悲惨な物語でも、そのリアリティの向こう側にファンタジックな異次元空間を切り拓くことのできる稀有な存在なのだ。なにかを思い切り投げつけても壁にぶつかることもなく消え去ってしまうような虚無感に包まれた若者が、『レポマン』ではレポマンという集団の中に、『シド&ナンシー』ではドラッグの中に自己の存在を見出し、そして夢幻のような空間にちょっと切ない余韻を残して消えていく。
コックスはこの作品で国際的に通用する力量を十分に見せつけてくれたが、『シド&ナンシー』以後、いかにイギリスの土壌とかかわっていくのかじっくりと注目したいと思う。 |