ゴールデン・リバー
The Sisters Brothers


2018年/フランス=スペイン=ルーマニア=ベルギー=アメリカ/英語/カラー/122分/スコープサイズ/5.1ch
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(初出:『ゴールデン・リバー』劇場用パンフレット)

 

 

父親の亡霊を消し去り、解放されるための神話的冒険

 

[Introduction] ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)受賞の快挙を幕開けに、フランスで最も重要な仏アカデミー賞(セザール賞)では9部門にノミネートされ監督賞を含む4部門を制し、リュミエール賞では作品賞を始め3部門を獲得。数々の栄えある映画賞で、ウェスタンとサスペンスの融合というかつてない世界観から唯一無二の存在感を放ち、世界各国のメディアからも全く新しい傑作との呼び声の高い話題作。

 原作は、イギリスの権威あるブッカー賞の最終候補に残ったパトリック・デウィットの「シスターズ・ブラザーズ」。監督はカンヌ国際映画祭の常連で、『預言者』でグランプリを、『ディーパンの闘い』でパルム・ドールを受賞したジャック・オーディアール『君と歩く世界』でもセザール賞9部門にノミネートされ4部門に輝くなどフランスが誇る名匠だが、本作で初めてハリウッド俳優を指揮し、ウェスタンという新境地にも挑み、あらためて無限の才能を惜しみなく披露した。(プレス参照)

[Story] 時はゴールドラッシュ、アメリカはオレゴンのとある町に、最強と恐れられる殺し屋兄弟イーライとチャーリーがいた。彼らは一帯を仕切る権力者からの依頼で、仕事仲間の連絡係モリスと共に、黄金を見分ける化学式を発見した化学者ウォームを追いかける。だが、黄金に魅せられた4人は、立場を超えて手を結ぶことにする。黄金を元手に暴力や貧富の差のない理想の社会を作りたい化学者、そんな彼の夢に心酔する連絡係、普通の平穏な暮らしに憧れる兄、裏社会でのし上がりたい弟─それぞれの思惑を抱きながら、遂に黄金を手に入れる4人。その時、彼ら自身も知らなかった本当の欲望があふれ出す──。

[以下、本作のレビューになります]

 フランスの名匠ジャック・オーディアールは、毎回まったく異なる題材に挑戦しているように見える。だがそこには、主人公たちが変容を遂げ、世界や他者と新たな関係を構築するようなイニシエーション(通過儀礼)を核とする神話的な物語が埋め込まれている。

 神話学者ジョーゼフ・キャンベルが『千の顔をもつ英雄』で書いているように、神話的冒険は、「分離」、「イニシエーション」、「帰還」という過程をたどる。そのイニシエーションでは、「自らが築き上げ暮らしている世界の破壊、その一部となっている自己の破壊」が行われる。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ジャック・オーディアール
Jacque Audiard
脚本 トマ・ビデガン
Thomas Bidegain
原作 パトリック・デウィット
Patrick deWitt
撮影監督 ブノワ・デビエ
Benoit Debie
編集 ジュリエット・ウェルフラン
Juliette Welfling
音楽 アレクサンドル・デスプラ
Alexandre Desplat
 
◆キャスト◆
 
イーライ・シスターズ   ジョン・C・ライリー
John C. Reilly
チャーリー・シスターズ ホアキン・フェニックス
Joaquin Phoenix
ジョン・モリス ジェイク・ギレンホール
Jake Gyllenhaal
ハーマン・カーミット・ウォーム リズ・アーメッド
Riz Ahmed
メイフィールド レベッカ・ルート
Rebecca Root
酒場の女 アリソン・トルマン
Allison Tolman
提督 ルトガー・ハウアー
Rutger Hauer
ミセス・シスターズ キャロル・ケイン
Carol Kane
-
(配給:ギャガ)
 

 『預言者』では、傷害罪で服役した19歳のアラブ系の若者マリクが、刑務所という隔離された空間で、生き延びるために囚人の命を奪い、処世術を身につけ、権力者へと変貌を遂げて外の世界に戻る。『君と歩く世界』では、両脚を失い、心を閉ざしたシャチの調教師ステファニーが、格闘家を目指す男アリとの交流を通して変化し、見られることに快感を覚えていた自己を破壊し、再生を果たす。

 『ディーパンの闘い』では、ディーパンを名乗り、他人と家族を偽装して内戦下のスリランカからフランスに逃れた元兵士シバダーサンが、団地での生活を再び暴力によって脅かされる。そんな主人公が闘いに身を投じることは、兵士シバダーサンに戻るのではなく、ディーパンとしての自己を確立するための試練となり、それが偽装家族を家族に変える。

 そうした神話的冒険は、パトリック・デウィットの小説『シスターズ・ブラザーズ』を映画化した本作にも引き継がれている。オーディアールがイニシエーションをどのように意識し、独自の世界を切り拓いているのかは、原作と対比してみればよくわかる。共同で脚本も手がけている彼は、原作のふたつの部分を大きく変更している。

 まずシスターズ兄弟の関係だ。原作では、チャーリーが兄で、イーライが弟だが、映画では逆になっている。どちらが兄でも弟でも大した違いはないと思うかもしれないが、そこにチャーリーの父親殺しが絡んでくると、兄弟の関係が大きく変わる。

 原作では、チャーリーが父親を殺したとき、イーライはまだ幼く、しかも外で遊んでいたため家から響く激しい物音をおぼろげに覚えているに過ぎない。これに対して映画では、事件の状況が詳しく語られるわけではないが、年上のイーライには、弟と父親の間に起こったことがその時点ですべてわかっている。だから後半で、「兄である俺がやるべきだった」とウォームに打ち明ける。つまり、兄弟がそれぞれに父親殺しという重い過去を背負っている。

 オーディアールが、原作を脚色するにあたって父親と息子の関係を強く意識していたことは、もうひとつの原作との違いからも明らかになる。映画では、モリスとウォームの人物像に大幅な肉付けが施されている。なかでも筆者が注目したいのが、モリスが提督を裏切り、ウォームと行動をともにする理由だ。原作のモリスは、これまで「家畜のように使役され、餌を与えられてきた」ことを恥じ、自分の人生を生きようと思う。しかし映画では、その理由が以下のように語られる。

「俺が家を出たのは家族憎しからだ。特に父を軽蔑してた。俺は父のすべてが嫌いだった。解放されたと思ってたが、君の話で分かったよ。俺はずっと自由に生きてきたと思ってた。自分の意見があるとね。でも父への憎しみに操られてた。35歳の俺の人生は、まるで弾切れの銃だ」

 そんなモリスと父親の関係が、兄弟と父親のそれと響き合うように思うのは、おそらく筆者だけではないだろう。この兄弟が父親から解放されたのかといえば、決してそうではない。チャーリーがうなされるふりをして兄をからかう場面は、彼が実際に悪夢に苦しめられていることを示唆している。イーライもまた、蜘蛛を飲み込んで体調を崩したときに、父親の悪夢にうなされる。

 さらに、兄弟が父親から解放されていないことと、彼らが提督のために働いていることも無関係ではない。本作の導入部には、提督の屋敷で提督とチャーリーが話をする様子を窓越しにとらえたショットが挿入されるが、ふたりの姿は父親と息子を連想させる。チャーリーが父親について語る「イカれた親父の悪い血が俺たちにも流れている。あの血のお陰で殺し屋をやれる」という台詞も、父親と提督を結びつける。

 「父への憎しみに操られていた」というモリスの言葉を踏まえるなら、兄弟は、父親の亡霊ともいえる提督に操られている。だから、提督との関係を断ち切ることが、重要なイニシエーションになる。ウォームやモリスと手を組んだ兄弟の運命には、まさに「自らが築き上げ暮らしている世界の破壊、その一部となっている自己の破壊」を見ることができるだろう。

 それぞれに変容を遂げ、父親の亡霊を消し去った兄弟は、世界と新たな関係を構築し、黄金よりも大切な生活を取り戻すことになる。

《参照/引用文献》
『千の顔をもつ英雄[新訳版]』上・下 ジョーゼフ・キャンベル●
倉田真木・斎藤静代・関根光宏訳(早川書房、2015年)
『シスターズ・ブラザーズ』パトリック・デウィット●
茂木健訳(創元推理文庫、2014年)


(upload:2021/10/08)
 
 
《関連リンク》
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