希望の街
City of Hope  City of Hope
(1991) on IMDb


1991年/アメリカ/カラー/129分/シネマスコープ/ドルビーステレオ
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(初出:『希望の街』劇場用パンフレット、若干の加筆)

 

 

暗闇に耳をかたむけて

 

 ジョン・セイルズという人は、写真を見るととても立派な耳をしているが、その耳はすごい能力を備えているのではないかと思う。これは必ずしも聴覚が優れているという意味ではない。セイルズの魅力は、常に“耳をかたむける”というイメージと深く結びついているということだ。

 たとえば、『ブラザー・フロム・アナザー・プラネット』の最初のシーンを思い出してもらいたい。かつて移民たちの窓口であったエリス島に不時着したエイリアン。彼が、今ではがらんとした移民局の壁にてのひらをつけると、突然、叫び声や泣き声が頭のなかに入り込んでくる。彼は、壁に染み込んだ移民たちの声を聞く能力を備えているのだ。

 セイルズが映画や小説を通してひとつの世界を構築していく作業というのは、あのエイリアンが、かたまりとなって頭のなかに飛び込んでくる声を、ひとりひとりの声として聞き分けるようなものなのではないか。

 セイルズは、この『希望の街』に先立つ2本の監督作品で過去の事件を題材にしている。アメリカの歴史に埋もれた1920年のメイトワン虐殺事件を描いた『メイトワン』と1919年のブラック・ソックス事件を描いた『エイトメン・アウト』だ。この2本の作品で、結果としての事件は、セイルズの耳によって個々の声が聞き分けられ、それぞれの価値観を代表する個人の思惑が複雑に絡み合った出来事として現代に再現される。

 過去の声に耳をかたむけるこの2本の作品によって、セイルズのスタイルは以前よりもいっそう明確になった。彼は、様々な価値観を代表する人々を結びつけて、世界を構築していく。そして、利害をめぐる集団と個人のせめぎ合いからドラマが生まれ、事件が起こり、もうひとつのアメリカが浮かび上がってくる。セイルズは、それぞれの立場に耳をかたむけてキャラクターを練り上げるのと同時に、驚くほど冷静な眼差しで世界全体を見渡している。

 そんなセイルズは、以前から書きためてきたものすごい長編小説『Los Gusanos』を90年に発表している。そこでは、現代のマイアミを舞台に、アメリカとキューバをめぐってそれぞれの思いを胸に秘めた在米キューバ人たちの姿が描かれる。この小説は、キューバ革命から現代にいたる在米キューバ人たちの声に耳をかたむけて作り上げられた物語といってよいだろう。

 筆者はそんな長編を読みながら、アメリカの埋もれた歴史を掘り下げてきたセイルズが、その作業に一区切りをつけ、現代に目を向け、いまこの世の中に溢れている声を拾い上げようとしているように感じた。『希望の街』は、そんな方向性が鮮明になる作品といえる。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/編集   ジョン・セイルズ
John Sayles
撮影 ロバート・リチャードソン
Robert Richardson
音楽 メーソン・デアリング
Mason Daring
 
◆キャスト◆
 
ニック   ヴィンセント・スパーノ
Vincent Spano
ジョー トニー・ロ・ビアンコ
Tony Lo Bianco
ウィン ジョー・モートン
Joe Morton
ボビー ジェイス・アレクダンサー
Jace Alexander
ジップ トッド・グラフ
Todd Graff
カール ジョン・セイルズ
John Sayles
ルヴォン フランキー・フェイソン
Frankie Faison
ジャネット グロリア・フォスター
Gloria Foster
リーシャ アンジェラ・バセット
Angela Bassett
アステロイド デヴィッド・ストラザーン
David Strathairn
リゾ アンソニー・ジョン・デニソン
Anthony John Denison
オブライエン ケヴィン・タイ
Kevin Tighe
アンジェラ バーバラ・ウィリアムス
Barbara Williams
ピナ ローズ・グレゴリオ
Rose Gregorio
ポーリー ジョー・グリファジ
Joe Grigasi
バッチ市長 ルイス・ゾリック
Louis Zorich
レス ビル・レイモンド
Bill Raymond
ヨーヨ ステファン・メンディロ
Stephen Mendillo
ジマー マイケル・マンテル
Michael Mantell
マリク トム・ライト
Tom Wright
リッグス クリス・クーパー
Chris Cooper
デズモンド ジョジョ・スモレット
Jojo Smollett
ティト エドワード・J・タウンゼントJr.
Edward Jay Townsend, Jr.
ローリー ジーナ・ガーション
Gina Gershon
コニー マギー・レンジ
Maggie Renzi
マッド・アンソニー ジョシュ・モステル
Josh Mostel
-
(配給:オンリー・ハーツ、
セテラ・インターナショナル)
 

 この映画では、ニュージャージーの架空の街ハドソン・シティを舞台に、アイルランド系、イタリア系、アフリカ系、ヒスパニック、そして下層から市政を牛耳る権力者まで、人種や階層をめぐって様々な立場にある30人以上の主要な登場人物たちが入り乱れ、ドラマを作り上げていく。

 その世界では、黒人だけを見ても、市政に協調的な姿勢をとる黒人市会議員から強硬なブラック・ムスリム、そして恵まれない境遇ゆえに突発的な暴力に走るブラック・キッズまで、その立場がくっきりと描き分けられている。

 しかも、複雑な利害が絡む登場人物たちを巻き込む大きな事件で映画が幕を下ろすのではなく、ある父親と息子のドラマに集約されていくところが素晴しい。様々な思惑が結びついた集団の圧力は、めぐりめぐって亀裂の入りかけた親子の絆に残酷なくさびを打ち込んでしまう。

 ラストで、助けを求める父親の叫びと、同じ言葉を繰り返すホームレスの叫びのはざまにある深い溝、その暗闇からはもうひとつのアメリカが静かに浮かび上がる。セイルズは、これからもそんな暗闇に耳をかたむけていくことだろう。

▼ジョン・セイルズ最新監督作


(upload:2012/06/16)
 
 
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