「ロサンゼルス・サウスセントラルやワシントンDCのダウンタウンのように、実際に街での暴力事件が急増した場所であっても、死体の山が人種あるいは階級の境界を越えて積み上げられることは滅多にない。だがインナーシティの状況について直接肌で感じた知識を持ち合わせていない白人中産階級の想像力の中では、認識された脅威は悪魔学のレンズを通して拡大されるのだ」
――マイク・デイヴィス『要塞都市LA』より
アメリカでは第二次大戦後から50年代にかけて、激しい勢いで郊外化が進んだ。その背景には様々な要因がある。連邦政府は、戦後の深刻な住宅不足を解消するために財源を住宅政策に注ぎ込み、家が安く手に入れられるようになった。テレビという新しいメディアが急速に普及し、娯楽の中心となった。大量消費に支えられた新しいライフ・スタイルは、伝統的な価値観からの解放に繋がり、爆発的な広がりをみせた。
急増する白人の中流は、郊外に転居することで、都市が抱える人種、犯罪、過密などの問題から逃れることができた。所有や消費が手の届くところにあるアメリカン・ドリームになることは、政府にとって、共産主義が国内に広がるのを防ぐ最も手っ取り早い方法だったし、国民も冷戦や核兵器の脅威から逃避することを求めていた。
■■大統領選の鍵を握り、アメリカを動かすサバービア■■
そうした要因が絡み合うことによってサバービアは新たなフロンティアとなったが、それでもアメリカを動かす都市の地位が揺らぐことはなかった。しかし、いまではふたつの力関係は完全に逆転してしまっている。G・スコット・トーマスが98年に発表した『The United States of Suburbia』は、この半世紀の間にサバービアがどのようにして政治を動かすようになり、アメリカをどう変えていこうとしているのかを、詳細なデータを駆使して分析する研究書であり、郊外化が社会に及ぼす多大な影響を知る手がかりとなる。
本書の冒頭で著者は、96年の大統領選で都市とサバービアの関係に決定的な変化が起こったと書いている。伝統的に都市のリベラルやマイノリティの支持者を基盤としてきた民主党の候補クリントンが、その都市を無視し、サバービアの有権者をターゲットにして再選を果たしたからだ。
大統領選は、定数538の選挙人リストの過半数である270を獲得すれば勝利を収めることができるが、クリントン陣営のブレーンがコンピュータで分析したところ、その時点でサバービアの有権者が多数を占め、実権を握る州が全米で23州あり、その選挙人枠を合計すると320に達していた。つまり、そのサバービアの州を確実に押さえれば、勝利に必要な選挙人枠を獲得することができるということだ。これは、大統領を決める力が都市からサバービアに完全に移行したことを意味する。
1940年のアメリカでは、白人の中流のほとんどは都市に集中して暮らし、都市が国家を動かしていた。ところが戦後の郊外化によって、共和党の支持基盤である白人の中流は続々とサバービアに流出していった。その結果、サバービアが実権を握る州は確実に増加し、60年には17州、選挙人枠240に達し、大統領選への影響力を持ちはじめる。
60年に6000万人を越えたサバービアの人口は、70年には7700万、80年には8900万人へと増加し、90年には1億人を突破する。一方、都市の人口はほとんど横ばい状態で、90年には4400万人。40年と90年の人口を比較すると、サバービアではその増加率が229%であるのに対して、都市は17%にとどまっている。
本書には、決定的な変化が起こった96年の大統領選について、印象的なエピソードが紹介されている。それは、クリントンとドールが初めて公開討論を行ったとき、両候補が取り上げた話題の内訳だ。彼らが口にした話題を頻度の高いものから順に列記すると、税金が59回、医療が26回、福祉が19回で、サバービアと深い繋がりのある話題が上位を占め、都市という言葉が出てきたのはたった三回だけだった。彼らは都市政策に関する討論を避け、まるでアメリカの大都市が一夜にして消滅したかのようだったという。
そして実際、著者の分析は、これからのアメリカを動かしていく世代にとって、都市は存在しないに等しいものであることを物語る。ベビーブーマー以後の世代は、サバービアで生まれ、そこで学校に通い、根本的に都市というものが、人が生活する場所だという認識を持っていない。彼らは、中心のないサバービアで育ったため、中心にコントロールされることを嫌い、個人主義者として自分の生活環境をコントロールすることに強い関心を持っている。だから、都市がかつての栄光を取り戻すために税金が使われることに反対する。
■■エッジ・シティへの進化とグローバリゼーションの影響■■
サバービアは、50年代には都市に付随するベッドタウンに過ぎなかったが、いまでは“エッジ・シティ”へと進化を遂げることによって、都市から完全に独立しようとしている。ジョエル・ガローは、新しいフロンティアとしてのエッジ・シティを分析した『Edge City: Life on the New Frontier』のなかで、既成の都市からエッジ・シティへと移行する過程を三つの段階に分けて説明している。
まず戦後の郊外化によって住の空間が都市から分離され、次に60〜70年代にかけて日常生活における不便を解消するために、サバービアにおけるモール化が進み、最後にはついに職場が都市から分離される。職場やモールも兼ね備えたエッジ・シティは、郊外化が進む地域のなかでも、都市からより離れ、総合的で大規模な開発の余地が残され、幹線道路が交差しているような要所で発展していく。その結果、都市は産業の基盤すら失ってしまうことになる。 |