サンフランシスコの空港にジャスミンという名の女性が降り立った。かつてニューヨーク・セレブリティ界の花と謳われた彼女の華麗なる人生は、ある日突然崩壊した。実業家でハンサムな夫との結婚生活も資産も何もかもを失ったジャスミンは、庶民的な妹宅に身を寄せて再出発を図る。しかし過去の栄華を忘れられず、不慣れな仕事や勉強に疲れ果て、精神のバランスを崩してしまう。やがてすべてに行き詰った時、理想的なエリートの独身男性と巡り会ったジャスミンは再び上流階級への返り咲きをもくろむのだが――。[プレスより]
ウディ・アレン作品の最大の見所は、現実と虚構の狭間で生きている人間を、様々な次元からとらえてみせる洞察と演出にある(詳しいことは、「現実と虚構がせめぎあうアレンの世界」をお読みください)。この『ブルージャスミン』では、そんな現実と虚構へのアプローチに関して、ふたつのポイントをあげることができる。
ひとつは、ジャスミンがセレブ妻から転落することになる原因だ。最初、私たちは、彼女の夫である実業家のハルが、何らかの事情で破産したからだろうと思う。ところが、フラッシュバックを通して徐々に過去が明らかになると、彼女が頭に血が上ってある行動に出たことが原因だとわかってくる。
では、転落してしまった彼女は、いまなにを取り戻そうとしているのか。彼女は頭に血が上ったことを心のどこかで後悔しているのか。もし行動を起こさなければ、表面上はこれまでと変わらない生活を続けられたはずだ。しかし彼女はそれが嘘のうえに築かれていることを知っているので、もはや同じとはいえない。
というよりも、振り返ってみれば最初から偽りの生活だったのだから、それを清算して妹のところにやって来るべきところなのだが、実際にはそうではない。彼女はファーストクラスの座席を予約し、高級ブランドのバッグや洋服をまとって空港に現れる。すでにその時点で、現実と虚構が混乱をきたしている。
そして、もうひとつのポイントがジャスミンという名前だ。彼女の本名はジャネットだが、ハルと出会った頃にジャスミンに変えた。ということは、サンフランシスコに来ることは、ジャスミンからジャネットに戻る機会だったともいえる。 |