ニューヨークを離れ、ロンドンやバルセロナで映画を撮っていたウディ・アレンが、久しぶりに古巣に戻ってきた。アレンにとって40本目の監督作となるこの『人生万歳!』が近作とひと味違うことは導入部ですぐに気づく。
主人公のボリスは、かつては天才物理学者としてノーベル賞候補にもなったが、今は教授職や家族などすべてを失い、日々を無為に過ごしている。ペシミスティックでシニカルなこの老人は、相手かまわず辛辣なユーモアをぶちかます。しかも、いきなりスクリーンのこちら側に向かって語りかけてくる。このキャラクターや表現は、『アニー・ホール』の頃のアレンを思い出させる。
それもそのはずで、この脚本はアレンが70年代半ばに、俳優/コメディアンのゼロ・モステルのために書いたものだった。だが、モステルが77年に他界し、企画もお蔵入りになってしまったのだ。
アレンがどんな気持ちや狙いでそんな脚本をリライトし、映画化したのかは定かではないが、映画の冒頭にそのヒントがあるように思える。オープニング・クレジットのバックに流れるのは、マルクス兄弟のグルーチョ・マルクスが歌う<Hello I Must Be Going>(『けだもの組合』の挿入歌)なのだ。
アレンはグルーチョを敬愛し、監督デビュー以来、作品のなかで頻繁にオマージュを捧げてきた。『アニー・ホール』では彼のジョークを引用し、『マンハッタン』では彼に賞賛の言葉を送り、『ハンナとその姉妹』ではマルクス兄弟の『我輩はカモである』の映像を挿入し、『世界中でアイ・ラヴ・ユー』では、グルーチョの曲をダンス・シーンに使った。
しかし、どんなに敬愛していても、アレン自身がグルーチョになることはできない。アレンが演じる主人公には、彼のシリアスな人生観や哲学が滲み出す。だからこの映画では、ボリスを演じる人気コメディアン、ラリー・デヴィッドにさり気なくグルーチョを投影している。
ボリスはペシミストで毒舌家ではあるが、グルーチョのような軽さがある。どこか飄々としていて憎めない。フラッシュバックと終盤で2度も飛び降り自殺を試み、失敗してもからっとしている。そして失敗の結果、幸運もめぐってくる。だからこの映画はとても楽しいのだ。 |