ベンゴ
Vengo


2000年/スペイン=フランス/カラー/89分/シネスコ
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(初出:『ベンゴ』劇場用パンフレット)

 

ゴッドファーザーにも似たロマの神話的物語

 

 ロマの血を引くトニー・ガトリフは、ロマ民族をテーマに映画を作りつづけている。民族はそれぞれに神話的な物語を持っているが、とりわけロマにとっては、それが重要なものとなっているように思う。故郷や聖地、定住地などがあれば、その場所を中心として歴史や伝統が積み上げられ、神話的な物語は守られていく。しかし、故郷を持たず、放浪するロマにとって、民族の誇りを守るということは、現在と同時に神話的な物語を生きることを意味するからだ。

 ガトリフは、映画を通してこの神話的な物語を様々な視点でとらえている。なかでも『ラッチョ・ドローム』(92/93)、『ガッジョ・ディーロ』(97)、そしてこの『ベンゴ』における視点は、それぞれに興味深いものがある。

 『ラッチョ・ドローム』は、千年前に一群の人々がインドのラジャスタンを旅立つところから始まり、中近東、ヨーロッパを経てスペインのアンダルシアに至る放浪の軌跡が描かれる。ガトリフは、この時空を越える旅を通して、各地の生活、風土、習慣や政治と音楽やダンスを結びつけ、ロマの神話的な物語がいかに形成されてきたかを跡づける。ロマは、放浪のなかで異文化を吸収し、厳しい迫害を耐え、独自の文化と物語を育んできた。

 この『ラッチョ・ドローム』から浮かび上がる神話的な物語は壮大なものだが、『ガッジョ・ディーロ』では、それをもっと身近なものとしてとらえようとする。この映画の主人公、フランス人の若者ステェファンは、亡父が残したテープを手がかりに、歌手ノラ・ルカを探して、ルーマニアを訪れる。

 そして、ロマの老人イジドールや美しいサビーナとの出会ったことがきっかけとなって、ロマの音楽家たちの音楽を録音し、収集することに没頭しだす。しかし最後に、集めたその貴重なテープを放棄する。ロマの人々と行動をともにし、彼らの喜びや苦悩を分かち合った彼は、すでに自分も彼らの神話的な物語を、現実として生きていることに気づくのである。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   トニー・ガトリフ
Tony Gatrif
撮影 ティエリー・プジェ
Thierry Pouget
編集 ポーリーン・デルー
Pauline Dailou
 
◆キャスト◆
 
カコ   アントニオ・カナーレス
Antonio Canales
ディエゴ オレステス・ビリャサン・ロドリゲス
Orestes Villasan Rodriguez
アレハンドロ アントニオ・ペレス・デチェント
Antonio Perez Dechent
アントニオ ボボーテ
Bobote
トレス フアン・ルイス・コリエンテス
Juan Luis Corrientes
-
(配給:日活)
 
 

 それでは『ベンゴ』はどうだろうか。これはカコという男とそのファミリーの物語だ。カコは、カラバカ家の長男サンドロを殺して身を隠した兄のマリオをかばい、その代わりに命を狙われるマリオの息子ディエゴを、守り通そうとする。『ラッチョ・ドローム』や『ガッジョ・ディーロ』の神話的な物語には、ヒトラーやフランコ、チャウシェスクによる弾圧の歴史やもっと日常的な差別や迫害など、具体的な現実を取り込む広がりがあった。それに対して『ベンゴ』の物語は完結している。古典的とさえいえる。

 この映画を観ていて、筆者がまず思い出したのは、『ガッジョ・ディーロ』に盛り込まれたあるエピソードである。ロマの音楽を集めだしたステェファンは、あるロマの女から"ウルザの冬の物語"という話を聞かされる。それはだいたいこんな内容だ。

 ウルザは怒りにまかせて兄を殺してしまう。自分が犯した罪の重さに気づいた彼は、大空からも光からも逃げる。やがてザンビラという乙女が彼に恋をする。彼女は金持ちの娘だったが、父親はふたりが結ばれることを許さない。ウルザは自首して投獄され、ザンビラは食事をとることを拒む。父親は全財産を投げ打って、ウルザを助け、ふたりは結ばれる。

 この物語が『ベンゴ』のそれに似ていると言いたいのではない。筆者が印象的だったのは、語り継がれる普遍的な物語が人を動かす力だ。ステェファンは言葉がわからないために、女の話をただ聞いている。その横でサビーナの目からは涙が溢れてくる。しかしステェファンは最終的にそんな物語を自分のものとする。

 ガトリフが『ベンゴ』で試みたのは、このように語り継がれる普遍的な物語に、現代的な光をあて、スクリーンに生き生きと描きだすことなのではないかと思う。あるいは、この映画はロマ版『ゴッドファーザー』ともいえる。ファミリーを仕切り、守り通そうとするカコは、まさにドン・コルレオーネである。『ゴッドファーザー』は、シシリーの音楽にあわせて人々が踊るパーティの華やかさと、血で血を洗う壮絶な抗争が、強烈なコントラストを生みだしていたが、『ベンゴ』のフラメンコ・パーティとファミリーの対立も、それを髣髴させる。

 振り返ってみると『ゴッドファーザー』の物語は、PARTUで描かれるように、復讐のドラマから始まっていた。ビトーは9歳のときに、マフィアのドンに父親を殺される。シシリーでは男にとって復讐は掟であったため、ビトーも殺されると考えた母親は、自分の命を犠牲にして、息子を逃がす。『ベンゴ』が『ゴッドファーザー』を連想させるのは、『ゴッドファーザー』の出発点にそんな復讐と犠牲の物語があるためでもある。

 『ベンゴ』の神話的な物語は、『ゴッドファーザー』に通じる現代性と普遍性を持ち合わせ、それゆえ人々を引き込むのだ。


(upload:2001/09/27)
 
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