アスファルト
Asphalte


2015年/フランス/フランス語・英語・アラビア語/カラー/100分/スタンダードサイズ
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(初出:)

 

 

偶然に出会う世代も背景も異なる3組の男女の触れ合いを通して
バンリュー(郊外)の生活や孤独をオフビートな感覚で描き出す

 

[Introduction] 作家や俳優としても活動するサミュエル・ベンシェトリ監督の5作目の長編映画。彼が作家として最初に成功を収めたのが、労働者階級や移民が多く暮らすパリ郊外の団地(バンリュー)で過ごした少年時代にインスパイアされて書いた「Chroniques de l’Asphalte」という短編集。05年にそれを発表したあと、07年と10年に同じタイトルで第二弾、第三弾を発表している。郊外の寂れた団地を舞台にした本作の物語は、その短編集に収められた作品を土台に、新たなエピソードを加えてひとつの世界にまとめられている。協調性に欠けるサエない中年男と陰のある夜勤の看護師、母親が留守がちな母子家庭のティーンエイジャーと団地に越してきた落ち目の女優、息子が服役しているアルジェリア系移民の母親と誤って宇宙から団地に帰還してしまったNASAの宇宙飛行士。3組の世代も背景も異なる男女の出会いと触れ合いを、オムニバスともいえる構成で描く。イザベル・ユペールが落ち目の女優を、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキが夜勤の看護師を、マイケル・ピットがアメリカ人の宇宙飛行士を演じている。

 フランスのバンリュー(郊外)を舞台にした映画といえば、マチュー・カソヴィッツの『憎しみ』(95)を筆頭に、セリーヌ・シアマの『ガールフッド』(14)、ジャック・オーディアールの『ディーパンの闘い』(15)、ウーダ・ベニャミナの『ディヴァイン』(16)、ラジ・リの『レ・ミゼラブル』(19)など、貧困や差別、暴力、麻薬がはびこる荒廃した団地におけるサバイバルや成長を描く作品が思い出されるが、本作はひと味違う。アルジェリア系移民のマダム・ハミダの息子が刑務所に収監されているというような現実もあるが、サミュエル・ベンシェトリ監督がバンリューに暮らした少年時代にインスパイアされた物語は、ひねりの効いたユーモアがちりばめられ、軽妙でオフビートなスタイルが際立っている。

 本作でまず注目しなければならないのは、3組の男女の物語それぞれに、ベンシェトリ監督が持つまったく異なる感性や記憶が反映されていることだ。

 最初の物語は、団地の住人たちが、故障した古いエレベーターの修理について話し合うために、とある一室に集まるところから始まる。住人全員が費用を分担することで話はすぐにまとまるかと思えたが、2階に住む中年男性スタンコヴィッチだけが分担を拒む。いつも階段を使っているからだ。結局、スタンコヴィッチは費用を出さない代わりにエレベーターも使わないということで話がまとまる。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   サミュエル・ベンシェトリ
Samuel Benchetrit
脚本 ガボール・ラッソブ
Gabor Rassov
撮影 ピエール・アイム
Pierre Aim
編集 トマ・フェルナンデス
Thomas Fernandez
音楽 ラファエル
Raphael(Raphael Haroche)
 
◆キャスト◆
 
ジャンヌ・メイヤー   イザベル・ユペール
Isabelle Huppert
スタンコヴィッチ ギュスタブ・ケルベン
Gustave Kervern
看護師 ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
Valeria Bruni Tedeschi
マダム・ハミダ タサディット・マンディ
Tassadit Mandi
シャルリ ジュール・ベンシェトリ
Jules Benchetrit
ジョン・マッケンジー マイケル・ピット
Michael Pitt
-
(配給:ミモザフィルムズ)
 

 集会が行われた部屋で、エアロバイクを見かけたスタンコヴィッチは、ひどく興味をそそられ、すぐに購入するが、自動で回転するペダルを漕いているうちに寝込んでしまい、いつの間にか距離が100kmを越えて両足を痛め、車椅子の世話になることに。そんな彼はどうしてもエレベーターを使わざるを得ず、住人と鉢合わせしない深夜に買い物をするようになるが、店はみな閉店しているため、仕方なく、病院の自販機のスナック菓子で飢えをしのぐ。ところが、彼が病因を訪れる時間と、夜勤の看護師が休憩する時間が重なり、彼は看護師と言葉を交わすようになる。次第に彼女に惹かれていくスタンコヴィッチには、予想外の展開が待ち受けている。

 この皮肉で滑稽な物語は、ベンシェトリ監督がユダヤ人の血を引いていることと無関係ではないだろう。筆者は、コーエン兄弟の『シリアスマン』のレビューで、「ユダヤ文学には、シュレミール(schlemiel)やシュリマゼル(schlemazel)というように表現される人物像が頻繁に登場する。それらは、なにをやっても裏目に出るドジな人物や災いばかりが降りかかるどうにもついてない人物を意味する」と書いた。スタンコヴィッチには、そんなシュレミールやシュリマゼルを見ることができる。

 二番目の物語では、バンリューに母親とふたりで暮らす10代の少年シャルリと向かいの部屋に引っ越してきた落ち目の女優ジャンヌ・メイヤーが主人公。母親がいつも家をあけていて、ひとりで過ごすことが多いシャルリは、エレベーターや部屋の鍵をめぐるトラブルで困っているジャンヌに力を貸したことから言葉を交わすようになり、やがて彼女の演技にまつわる問題についても相談にのるようになる。

 シャルリを演じているのは、ベンシェトリと彼の最初の妻マリー・トランティニャンとの間に生まれたジュール・ベンシェトリで、物語も、バンリューでの生活よりも、マリーとの出会いにインスパイアされているように思える。15歳で学校をドロップアウトしたサミュエル・ベンシェトリは、写真家のアシスタントなどいろいろ仕事をしたがうまくいかなかった。20代初頭には、短編映画を撮ろうと決め、試行錯誤しているときに出会ったのが、女優のマリー・トランティニャンだった。シャルリとジャンヌの物語には、その頃の体験がなんらかのかたちで反映されているのだろう。

 そして、3番目の物語は印象がまたがらりと変わる。主人公は、息子が刑務所に収監されているアルジェリア系移民のマダム・ハミダとNASAの宇宙飛行士ジョン・マッケンジー。地球を周回していたジョンは、帰還の途中になんらかの手違いでカプセルがバンリューの屋上に不時着してしまい、ハミダの家に転がり込み、そこで2日間を過ごすことになる。

 この物語の発想は、スティーヴン・スピルバーグの『未知との遭遇』『E.T.』で、UFOがサバービア(郊外住宅地)に飛来し、そこに暮らす特定の人物と関係を構築したり、ジョー・コーニッシュの『アタック・ザ・ブロック』で、南ロンドンの低所得者向けの公営団地にエイリアンが現れ、キッズたちだけを執拗に追いかけ、彼らを変え、結束を生み出すことと繋がっているように思える。サバービアやバンリューという閉塞的な空間と、絶対に結びつきそうにない宇宙を組み合わせることで、まったく異なる視点から日常を描き出す。

 このように本作では、バンリューを舞台にした3つの物語が、それぞれにまったく違う発想から紡ぎ出されているのがとても面白い。

 

(upload:2022/02/21)
 
 
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