アルビノ・アリゲーター
Albino Alligator


1996年/アメリカ/カラー/97分/シネスコ/ドルビー・デジタル
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(初出:「キネマ旬報」1998年3月下旬号、若干の加筆)

 

 

生き残るための葛藤と宗教的な葛藤の狭間で

 

 ケヴィン・スペイシーの初監督作品『アルビノ・アリゲーター』は、閉塞的な状況で繰り広げられるドラマが『レザボア・ドッグス』を彷彿させる。

 ある不運な巡り合わせから、この閉塞的な状況を作ってしまうのは3人組の強盗だ。狙った会社に強盗に入ろうととしてしくじり、盗難車で逃走する彼らは、別の事件の張込みをしている捜査官をひき殺し、彼らを容疑者と勘違いして追跡してきた車に衝突し、衝突で負傷した仲間の手当をするためにとある地下のバーに逃げ込む。店はすぐに警官隊に包囲され、彼らは店にいた5人の男女を人質にそこに立てこもる。

 店に出口はひとつしかなく、追いつめられた8人は、それぞれに生き延びるための駆け引きを繰り広げる。スペイシーは、限定された空間という設定を生かし、舞台を思わせる演出で登場人物たちの葛藤を浮き彫りにしていく。しかもラストには予想もしない結末が待ち受けている。

 この映画で、その結末に繋がる伏線として見逃せないのが、ドヴァ、ロウ、マイロという3人組の強盗たちの関係に反映された宗教的な要素だ。彼らのあいだには、生き残るための葛藤と同時に宗教的な葛藤がある。それがこのドラマを象徴的なものにしているのだ。

 この3人のキャラクターは実に対照的だ。ロウはきわめて衝動的で凶暴であり、人質の命を奪うことを厭わず、すべてを暴力で解決しようとする。マイロは逆に常に冷静な判断力を備え、他人を傷つけることなく事態が収拾することを切望している。そしてリーダー格のドヴァは、ふたりの仲間の気持ちを受けとめながら、その狭間を揺れ動いている。そんな3人の関係は、状況が切迫すればすぐにも統率を欠くかに見えるが、宗教的な要素に注目してみると、また違ったドラマが見えてくる。

 たとえば映画の冒頭、盗みに失敗した3人が逃走している場面には、苛立つロウが車のミラーに掛かった十字架をバックシートのマイロに投げつけるといったやりとりがある。その後のドラマでも、ロウは執拗なまでにマイロに対して苛立ちや憎しみをあらわにする。またドヴァは、人質となった男女に向かって、彼が昔カトリックの学校に通い、教会のミサの侍者をつとめていた話をする。そんな話をしながら、犯罪を重ね転落した人生を自嘲するのだ。

 映画ではそんな3人の男たちの過去は、ほとんど明らかにされることはないが、彼らのやりとりには3人が共通する宗教的な背景を持っていることが暗示されている。彼らは、その背景に対する怯えや反発ゆえに異なる方向へと駆り立てられるのだ。マイロは信仰に厚く、人質を殺すことに耐え難い罪悪感を覚える。一方ロウがそのマイロを目の敵のように扱うのは、共通する背景に対して激しい反発をおぼえるからなのだ。


◆スタッフ◆

監督
ケヴィン・スペイシー
Kevin Spacey
脚本 クリスチャン・フォルテ
Christian Forte
撮影 マーク・プラマー
Mark Plummer
編集 ジェイ・キャシディー
Jay Cassidy
音楽 マイケル・ブルック
Michael Brook

◆キャスト◆

ドヴァ
マット・ディロン
Matt Dillon
マイロ ゲイリー・シニーズ
Gary Sinise
ロウ ウィリアム・フィッチナー
William Fichtner
ジャネット フェイ・ダナウェイ
Faye Dunaway
ガイ ヴィゴ・モーテンセン
Viggo Mortensen
ダニー スキート・ウーリッチ
Skeet Ulrich


 

 この映画は、こうした宗教的な背景に関心をはらってみると、冒頭から、現実的なドラマであると同時にきわめて象徴的なドラマとして見ることができる。3人の男たちは、不運な偶然というよりは、ロウがお守りであるかのような十字架を蔑ろにするという行為によって世界から見放され、警官がマークしていた容疑者でもないのに地下の穴蔵に閉じ込められる。そして、その穴蔵のなかで彼らの内面に蠢くものが次第にむき出しになっていくのだ。

 ただし、そんな象徴的なドラマが狙う効果が明確になるのは、意外な結末を経た後のことだ。この結末を経てはじめて、3人の性格や行動が、水面下でお互いにいかなる心理的な影響を及ぼしあっていたかが見えてくる。彼らは、人質を殺すかどうかで対立していたが、リーダー格のドヴァは、そんな対立とは異なるレベルで、ふたりの仲間から心理的な影響を受けていた。

 マイロは深い罪悪感ゆえに、自己を徹底的に責め苛み、ドヴァの感情に圧力をかける。一方ロウは、仲間たちが生き残っていくために犠牲にされるという生命力の弱い白子のワニの話を持ちだし、ドヴァに邪悪な暗示を吹き込む。ドヴァは、ふたりから心理的な影響を受け、犠牲を出しても生き残りたいが、絶対に自分の手を汚したくないと思う。そして、そんな彼の気持ちが、切迫した状況のなかで意外な結末を導きだすのである。


(upload:2001/09/02)
 
 
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