ラッセ・ハルストレム監督が、E・アニー・プルーのベストセラーを映画化した『シッピング・ニュース』の主人公は、ニューヨークの新聞社でインク係として働くクオイルだ。少年時代に父親から厳しく躾けられたことが心の傷になっている彼は、気力もなく、流される人生を送っている。
そんなある日、奔放な美女ペタルに出会い、結婚し、娘も生まれるが、妻は家庭を顧みず、男と遊びまわっている。そして、悲劇やトラブルが一気に押し寄せてくる。クオイルの両親が自殺したという知らせが入り、一方ではペタルが娘を連れて男と家を飛び出す。そのペタルは事故死するが、娘を闇組織に売り飛ばしていた。大枚をはたいて何とか娘を取り戻したクオイルは、娘と叔母アグニスとともに父の故郷ニューファンドランド島へ向かい、地元紙に職を得るが...。
アメリカ映画界に進出してからのハルストレム作品のなかで、彼の感性や表現が最もよく出ていたのは『ギルバート・グレイプ』だが、この新作はそれに匹敵する魅力を放っている。彼は重力の働きや上下の運動を軸に、映画的な世界を構築していく。
『ギルバート・グレイプ』では、地下室で自殺した父親に近づこうとするように、母親の巨体が床にめり込みつつある。一方、障害を持つ主人公の弟は、町にそびえる給水塔に上り、一家の関心を上に引きつけようとする。それゆえ終盤で、母親が階段をきしませながら2階に上る姿が、それだけで感動的になっていた。
『シッピング・ニュース』の主人公クオイルは、子供の頃から水中に沈んでいく感覚に深くとらわれている。泳げない彼は、父親に無理やり海に突き落とされたからだ。この映画では、そんな沈むイメージを軸として、上下の運動と幸不幸が結び付けられていく。
たとえば、クオイルが新聞社で輪転機のそばに座っている場面は、さり気ないが面白い。輪転機は新聞を高速で上に向かって流していく。そのイメージと照らし合わせると、彼がまるで沈んでいるように見える。彼の妻ペタルは、運転するクルマがガードレールを越えて川に転落し、死亡した。
舞台がニューファンドランド島に移ると、海に囲まれた世界であるだけに、軸になるイメージがさらに際立つようになる。クルマが海岸に転落した事故の現場に駆けつけたクオイルは、ペタルの事故を想像し、嘔吐する。クオイル自身もボートで沖に出て溺れかけるが、ある意味で死者に命を救われることになる。クオイルが島で出会う女性ウェイヴィの夫は4年前に溺死した。 |