サイダーハウス・ルール
The Cider House Rules  The Cider House Rules
(1999) on IMDb


1999年/アメリカ/カラー/131分/スコープサイズ/ドルビーデジタルSDDS
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(初出:「eiga.com」2000年6月15日更新、加筆)

 

 

アーヴィングは物語の力を重視し
ハルストレムは重力や上下の運動で語る

 

 アメリカ現代文学を代表する作家ジョン・アーヴィングの同名小説を映画化した『サイダーハウス・ルール』の舞台になるのは、20世紀半ばのアメリカ、メイン州。セント・クラウズの孤児院で生まれた主人公の若者ホーマーは、父のように自分を育ててくれたラーチ院長のもとで医学を学んでいた。

 しかし、看護師や無邪気な子供たちに囲まれた平穏な日々のなかで、次第に自分の将来に疑問を抱くようになる。そんなある日、中絶のためにやって来たキャンディと恋人の軍人ウォリーと意気投合した彼は、孤児院を飛び出してしまう。そしてウォリーの母親が営むリンゴ園で働き、収穫人の宿舎“サイダーハウス”で暮らし、作業を仕切るミスター・ローズから仕事や人生について学んでいく。

 この『サイダーハウス・ルール』の企画を最初に進めていたのは、マイケル・ウィンターボトム監督だった。これまでの監督作を振り返ってみればわかるように、彼は孤立した人間や孤児に強い関心を持っているので、この題材はうってつけのように思えた。ところが、原作者のアーヴィング自身が手がけた脚本がネックになったようだ。筆者がウィンターボトムにインタビューしたとき、彼は監督降板の事情を以下のように語っていた。

来年撮影に入るつもりでジョン(・アーヴィング)自身に脚本を書いてもらったんだが、原作を越えるものではなかった。原作が大好きなのでそれを越える脚本なら映画化したけど、納得がいかなかったので自分から断った。おかげで(配給の)ミラマックスに違約金を取られて頭にきているけど、イヤなものはイヤなんだ

 その気持ちはわからないでもない。ウィンターボトムのオリジナリティは、まずなによりも明確な流れを持つ物語を描くことではなく、視覚に訴えるような状況を積み重ねていくことから生み出される。彼にとって孤立した人間や孤児とは、物語の呪縛から解き放たれ、状況によってその本質に迫ることができる極めて映像的な存在なのだ。これに対して、アーヴィングの読者であればすぐにわかるように、彼は“物語の力”を重視する。だから、ふたりのコラボレーションには無理があるのだ。

 それでは、結果的に監督を引き受けることになったラッセ・ハルストレムの場合はどうか。彼もまた視覚に訴えるようなスタイルを持っている。彼の作品は、重力の働きや上下の動きに注目してみると面白い。


◆スタッフ◆
 
監督   ラッセ・ハルストレム
Lasse Hallstrom
原作/脚色 ジョン・アーヴィング
John Irving
撮影 オリヴァー・ステイプルトン
Oliver Stapleton
編集 リサ・ゼノ・チャージン
Lisa Zeno Churgin
音楽 レイチェル・ポートマン
Rachel Portman
 
◆キャスト◆
 
ホーマー・ウェルズ   トビー・マグワイア
Tobey Maguire
キャンディ・ケンドール シャーリーズ・セロン
Charlize Theron
ウィルバー・ラーチ医師 マイケル・ケイン
Michael Caine
ミスター・ローズ デルロイ・リンドー
Delroy Lindo
ウォリー・ワージントン ポール・ラッド
Paul Rudd
バスター キーラン・カルキン
Kieran Culkin
看護師エドナ ジェーン・アレクサンダー
Jane Alexander
看護師アンジェラ キャシー・ベイカー
Kathy Baker
ローズ・ローズ エリカ・バドゥ
Erykah Badu
オリーヴ・ワージントン ケイト・ネリガン
Kate Nelligan
-
(配給:アスミック・エース)
 

 『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』の少年は、人工衛星で餓死した犬に自分を重ねる。不幸の象徴は彼の頭上にあるわけだが、映画のなかで彼は納屋の2階や屋根などから何度となく落下≠オ、そのたびに生きる喜びを見出していく。

 『ギルバート・グレイプ』では、地下室で自殺した父親に近づこうとするように、母親の巨体が床にめり込みつつある。一方、障害を持つ主人公の弟は、町にそびえる給水塔に上り、一家の関心を上に引きつけようとする。それゆえ終盤で、母親が階段をきしませながら2階に上る姿が、それだけで感動的になるのだ。

 この新作は、りんごが関わってくるだけで、なにやら重力や上下の運動との相性がよさそうな気がしてくる。もちろん、脚本がアーヴィングであることに変わりはないので、大胆にそのスタイルを打ち出すことは難しかったはずだが、それでもこの映画からは象徴的な意味で上下の動きというものが浮かび上がってくる。

 いま書いた幸福と上下の動きを踏まえるなら、孤児院は幸福な世界ではないが、それは主人公ホーマーにとって上にある。堕胎の権限は神のものと信じる彼は、堕胎を行う恩師ラーチの後を継いで神の位置に上りたくない。だからサイダーハウスに下る(列車のとらえ方は上下を意識しているように見えるだろう)。そして黒人労働者と肩を並べて働くことに救いを見出す。興味深いのは、そこには「屋根に上るな」という規則があることだ。

 やがてホーマーは、そんな他人が作った規則に従っている限り人は救えないことに目覚める。彼は人間として恩師を継げる存在に成長し、孤児院という屋根に上ることになるのだ。


(upload:2013/01/10)
 
 
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