そのなかには私たちの多くが知っている事件もある。5曲目の<In Rai Don Giovanni>では、イタリアのベルルスコーニ首相の妻であるベロニカ夫人の視点から、夫の姿が描き出されていく。ナイマンの楽曲のモチーフであるドン・ジョヴァンニとベルルスコーニがダブるところも面白い。コラボレーションのラストナンバーである11曲目の<The Glare>では、イギリスの人気オーディション番組で驚異的な歌唱力を披露し、世界の注目を浴びたスーザン・ボイルの視点から、メディアのなかの孤独が描かれる。
David McAlmont - vocals; , Michael Nyman - direction; Ian Humphries & Morven Bryce, violin; Catherine Musker - alto; Anthony Hinnigan - violin, celle; Martin Elliott - bass guitar; David Roach - soprano, alto sax; Rob Buckland -soprano ,alto sax; Andrew Findon - baritone sax, flute, alto flute; Steve Sidwell - trumpet; Dave Lee - horn; Nigel Barr - bass trombone, euphonium; Michael Nyman - piano
(MN Records)
1曲目の<Take The Money And Run>は、ニュージーランドで起こった事件が題材になっている。ガソリンスタンドを営む男の口座に銀行から誤って1000万ニュージーランドドルが振り込まれ、男とオーストラリア人のガールフレンドはその一部を引き出して、海外に高飛びした。2曲目の<Secrets Accusations and Charges>は、成功した実業家と強盗の一味というふたつの顔を持つ女性が、4曲目の<Friendly Fire>は、自分を殺すように依頼して殺害された不動産ブローカーの事件が題材になっている。
もうひとつの題材は、先進国と発展途上国の格差、南北問題が生み出す歪みに関わっている。3曲目の<City of Turin>では、人身売買によってイタリアで売春を強要されるナイジェリア人女性の苦悩と孤独が綴られる。トルナトーレ監督の映画『題名のない子守唄』を思い出す人もいるだろう。7曲目の<Going To America>では、アメリカの貨物船を襲った海賊の生き残りで、アメリカに護送されたソマリア人の若者の思いが描かれる。
8曲目の<Fever Sticks and Bones>は、政情が混迷を極めたジンバブエで孤児となり、国境の町で住む場所もなく彷徨い、リンポポ川を渡って南アフリカを目指す子供たちの現実が、ある少年の視点を通して描き出される。ジンバブエから南アに流入した厖大な数の難民の現実は、ニール・ブロムカンプ監督の異色のSF映画『第9地区』にも反映されている。10曲目の<Underneath The Hessian Bags>では、2008年末から2009年1月にかけてのガザ空爆で住む場所を失った人々の過酷な生活と哀しみが描かれる。
さらに、コラボレーションから生まれた11曲の後に、作品を締めくくるようにナイマンが加えた最後の曲、サックス四重奏で演奏される17分24秒の大作<Song for Tony>にも注目すべきだろう。これは、1993年にナイマンの友人でビジネス・パートナーだったトニー・シモンズの訃報が届いたときに、ナイマンが、それまで書いていたサックス四重奏の楽曲を、トニーに捧げる作品に作り変えたものだ。