ナイマンがドロタ監督の才能を評価しているのは間違いないが、筆者にはそれだけではなく、彼がポーランドに対して特別な関心を持っているように思える。そ の関心は彼のルーツと深いつながりがある。ナイマンの祖父母は、ポーランドからイギリスに渡ってきたユダヤ系の移民で、20世紀初頭にロンドンのホワイト チャペル地区に住み着いたといわれる。余談ながら、ロンドンのホワイトチャペルといえば、あの切り裂きジャックで有名になった地域ではないか。
そういうルーツを感じさせる作品は、以前にもあった。たとえば、『アンネの日記』のサントラや「ツェランによる6つの歌曲」だ。後者は、両親を強制収容所で亡くし、自分も強制労働を強いられたユダヤ系の詩人パウル・ツェランの詩がインスピレーションの源になっている。
しかし、特にこの数年は、より自覚的にルーツに関わる表現を試みているように思える。まず最近のナイマンは、コンポーザー/ピアニストだけではなく、写真家/ビデオ・アーティストとしても活動している。
2009年の初頭には、彼が<Videofile>と呼ぶ一連の実験的な作品のインスタレーションを行った。そのうちの1本である「Witness 2」では、アウシュヴィッツとビルケナウ収容所の映像が素材になっていたという。
さらに、2009年の3月から4月にかけてロンドンで行われたポーランド映画祭(The Kinoteka Film Festiwal)では、ナイマンがふたつのパフォーマンスを行った。ひとつは、アンジェイ・ワイダ、アンジェイ・ズラウスキ、クシシュトフ・キェシロフ スキ、アンジェイ・ムンク、ドロタ・ケンジェルザヴスカといったポーランド映画を代表する作家たちの作品にインスパイアされて作った新作と映像のコラボ レーション。
もうひとつは、ナイマン・バンドとポーランドのモーション・トリオの共演で、ナイマンの代表作を演奏する企画だった。モーション・トリオは、1996年に 結成されたアコーディオン奏者の3人組で、音域を広げたカスタムメイドのアコーディオンを駆使し、ジャズ、バルカン、タンゴ、ケルト、テクノなどジャンル を自在に越境してユニークな音楽を生み出している注目のバンドだ。
ナイマンとモーション・トリオの共演はYou Tubeでも見られるが、アコーディオンのアンサンブルが曲にぴたりとはまり、素晴らしい躍動感を生み出している。そして、昨年末には、このコラボレー ションによるアルバム『Acoustic Accordion』(MN Records)もリリースされたので興味のある方はぜひ。
さらに、ナイマンとポーランドのつながりがもうひとつ。しばらく前に、ナイマンがイエジー・スコリモフスキの新作の音楽を担当するかもしれないという噂を耳にした。これも実現したら面白いと思う。
ポーランド出身のスコリモフスキは、17年ぶりの新作『アンナと過ごした4日間』で鮮やかな復活を遂げた。この映画では、孤独な中年男レオンの片思いが描 かれる。看護師アンナの部屋を覗いている彼は、彼女が就寝前に飲むお茶の砂糖にこっそり睡眠薬を入れ、熟睡している間に部屋に忍び込む。
ちなみに、『アンナと過ごした4日間』のイギリスでのプレミアは、先述したロンドンのポーランド映画祭で行われ、スコリモフスキも来場した。そこでナイマ ンと出会っていても不思議はない。スコリモフスキは現在、ヴィンセント・ギャロ主演の新作『エッセンシャル・キリング』を撮っている。モーション・トリオのHPを開いてみたら、ニュースのコーナーに、トリオのメンバー3人とヴィンセント・ギャロが一緒に 写った写真がアップされていた。今年(2010年)の1月10日の写真だ。彼らが映画に顔を出すことになったらしい。そういう繋がりがあるのなら、ぜひナイマンとモー ション・トリオでサントラを手がけてほしい。 |