イエジー・スコリモフスキ・インタビュー
Interview with Jerzy Skolimowski


2011年 渋谷
エッセンシャル・キリング/Essential Killing――2010年/ポーランド=ノルウェー=アイルランド=ハンガリー/カラー/83分/ヴィスタ
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(初出:「CDジャーナル」2011年8月号、加筆)
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私の思いであるとか実体験というものが、
なんらかのかたちで表れていることは間違いない
――『エッセンシャル・キリング』(2010)

 

 17年ぶりに監督した『アンナと過ごした4日間』(08)で見事な復活を遂げたポーランドの鬼才イエジー・スコリモフスキ。

 待望の新作『エッセンシャル・キリング』(10)では、アフガニスタンにおける戦闘から始まる過酷なサバイバルが描かれる。バズーカ砲で米兵を吹き飛ばした主人公は、米軍に拘束され、拷問を受け、他の捕虜とともに軍用機と護送車でどこかに移送される。ところが、深夜の山道で事故が起こり、彼だけが逃走する。

――17年ぶりに『アンナと過ごした4日間』を作ったときと、この『エッセンシャル・キリング』を作るときでは、監督の心境にも違いがあったと思うのですが。

「まず17年間のギャップがあった。なぜ映画を撮らなくなったかというと、最後に作った映画が、あまり成功した作品とは思えず、自分に落胆してしまったという経緯がある。その間に画家としての才能があることを発見することができ、絵を描くことに没頭していた。商業的なものとして作品を売るのではなく、妥協しない芸術作品として自分の好きなものを作り、ありがたいことにそれが成功した。それでアーティストとしてやっていけると少し自信を取り戻し、また映画を作ってもいいかと思いだしたことが『アンナと過ごした4日間』に繋がっている。毎日、自分の家に戻り、自分のベッドで寝るという環境のなかでこの映画を作ることができた。とても心地よい環境で作りたいものが作れた。それで同じような環境が再現できるのであれば、もう一本作ろうかと思ったのが今回の映画だ」

――この新作の設定はどのように思いつかれたのでしょう。

「たまたま私が住む家の近くに滑走路のようなスペースがあった。他国から政治犯を運んできて、そこからまた他の場所に輸送する基地であるというような噂は耳にしていたが、自分としては『手を挙げろ!』のことがあるので(※かつて彼はこの作品でスターリン批判をしたとされてポーランドを追われることになった)、政治的なものは作りたくないと思っていた。ところがたまたま夜に雪の中を運転していて、ちょうどその滑走路の近くで道を飛び出してしまった。横転まではいかなかったが、この映画の逃走のきっかけになる場面が急に思い浮かんできた。その日は家に戻って2、3時間寝て、朝になってから思いついたことを7ページくらい書いて、そこから脚本がかたちになっていった。そもそも私は怠け者で、自分の家からあまり離れたくない。自分の家に戻れるとすれば、森のなかの撮影ということになる。怠け者だから生まれた発想だ」


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   イエジー・スコリモフスキ
Jerzy Skolimowski
脚本 エヴァ・ピャスコフスカ
Ewa Piaskowska
撮影 アダム・シコラ
Adam Sikora
編集 レーカ・レムヘニュイ
Reka Lemhenyi
音楽 パヴェウ・ミキーティン
Pawet Mykietyn
 
◆キャスト◆
 
ムハンマド   ヴィンセント・ギャロ
Vincent Gallo
マーガレット エマニュエル・セニエ
Emmanuelle Seigner
米国人傭兵 ザック・コーエン、イフタック・オフィア
Zach Cohen, Iftach Ofir
ヘリコプター操縦士 ニコライ・クレヴェ・ブロック、スティグ・フロデ・ヘンリクセン
Nicolai Cleve Broch, Stig Frode Henriksen
拷問する米軍将校 デイヴィッド・プライス
David Price
四輪駆動車の兵士 トレイシー・スペンサー・シップ
Tracy Spencer Shipp
自転車の女性 クラウディア・カーカ
Klaudia Kaca
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(配給:紀伊國屋書店、マーメイドフィルム)
 


――でも、実際の映画は自宅の周辺だけで撮れるものにはなっていませんね。

「私が怠け者だったから天罰が下ってしまったのだ。どういうことかというと、映画を煮詰めていくうちに、この映画には雪がなくてはだめだといことに気がついた。ポーランドでは雪が降るという保証はない。どか雪が降ることもあれば、まったく降らないこともある。本当は周辺だけで作りたかったがそれは無理だ。それでノルウェーと合作ということになった。ノルウェーなら雪がたくさんある。天罰で、−35℃という非常に過酷な状況で撮影することになってしまった」

――雪を必要としたのは過酷なサバイバルを描きたかったからですか。

「もちろん過酷な状況のなかで生き延びなければならないということもあるが、主人公が中近東の人間であることを想定していて、そういう人間にしてみれば雪は初めての体験になり、残酷な環境のなかに急に放り込まれてしまったという感じも出したかった。それと背景の美しさ、自然の美しさというものをうまく見せたかった」

――この映画では自然が重要な要素になっていますが、生活のなかで自然に対する認識が変わったということはありますか。

「私は深い森のなかで暮らしているが、そこに住めば住むほど自然というものがどんどん好きになっていく。若いときにはそういうことはなかった。特に都会にいると、雑音があったり、時間が早く過ぎてあわただしい。森のなかでは時間がゆっくりと流れ、自分がもっと集中することができ、もっと奥深いものになっていけるような気がする。自然のなかにいると毎日、学ぶことが多く、この年齢になって好きになっていることは確かだ」

――主人公に台詞を喋らせないというアイデアは最初から考えていたことなのでしょうか。言葉を媒介としないことで、肉体の動きが多くを語ると同時に、人間と自然や動物の関係も濃密なものになるように思いますが。

「その通り、正しい答えだ。逆に主人公に台詞を与え、アラビア語や英語を喋らせれば情報を与えすぎることになる。できるかぎり曖昧なかたちで進めたかった」===>2ページに続く

 
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