また、極端な場合には、『コックと泥棒、その妻と愛人』のように、ナイマンが、この映画とは関係なく以前に書いていた曲の一部をベースにして、逆に、グリーナウェイが映像を組み立てるといったこともあるのだ。ナイマンは、グリーナウェイの映画に関して、「私の音楽は、サントラであると同時に、映画から完全に独立したマイケル・ナイマンの音楽でもあるのです」と語っているが、それも頷けることだろう。
マイケル・ナイマンの音楽は、ジャンルといったものではまったく分類が不可能な音楽である。ナイマンは、そのプロフィールをご覧になればおわかりのように、特にバロックを中心にクラシックに関する豊富な知識を持ち合わせている。一方では、『現代音楽、ケージとその後』といった著作も発表しているように、現代音楽の動向にも精通している。
また、彼の音楽は、ミニマル・ミュージックというジャンルにも属するが、その代表的な作曲家であるスティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスなどと比較してみると、クラシックの影響が大きく、明らかに異質である。たとえば、彼は、パーセル、モーツァルトやウェーベルンといった作曲家の楽曲に着目し、楽曲の構造を借用したり、解体して断片をコラージュして、自分の世界を作り上げてしまうのだ。
ところが、そんな作品が、彼が率いるマイケル・ナイマン・バンドの演奏で再現されると、リズムにポップな躍動感が加わり、場合によっては、前衛的なジャズのようにも聞こえ。このような音楽をジャンルでくくろうとするのは、無謀というものだろう。
そして、もうひとつ、彼の音楽で注目しておきたいのは、徹底的に両極へと向かうユニークな感性だ。彼の音楽は、曲のトーン音の強弱、リズム、メロディなど、あらゆる点で両極に向かう傾向があり、それが独特の世界を作り上げている。具体的に作品をあげるなら、作品のなかのすべての曲が当てはまるというわけではないが、たとえば、バロック趣味が濃厚な『ZOO』には、エキセントリックとかヒステリックと言ってもいいような魅力が鮮明になっているし、逆に、モーツァルトの楽曲を参照している『数に溺れて』などでは、レクイエムを思わせる静的な魅力が際立っている。
こうした音楽性が、どこから生まれてきたのかということについては非常に興味をそそられるが、以前、ナイマンにインタビューしたとき、このことについて彼は、次のように語っていた。===>2ページにつづく |