マイケル・ナイマン・インタビュー

1991年9月 東京
line
(初出:「シティロード」1991年11月号)
徹底して両極に向かうスタイルが生みだす独自の世界

 現代音楽、クラシック、ロックといった音楽の境界線上に特異な位置を占め、ピーター・グリーナウェイの音楽でも注目を集める作曲家/ピアニスト、 マイケル・ナイマンが二度目の来日を果たした。今回は単身の来日で、ソロ・ピアノによるステージを披露した。 <数に溺れて>などいくつかのオリジナルをモチーフに、即興を交えて1時間近くつづいた演奏には、常に両極へと向かうサウンドの交錯がナイマンならではの世界を作り上げ、圧倒された。

 ハイヴィジョンによる編集などでも話題のグリーナウェイの新作『プロスペローの本』の公開、 そのサントラと同時にリリースされるバラネスク・カルテットの演奏によるナイマンの作品集「ストリング・カルテット」、 あるいはナイマンが音楽を手がけたパトリス・ルコント監督の映画「髪結いの亭主」の公開など、来日につづいてこれから年末にかけて様々なかたちでナイマンの音楽に接する機会がふえる

――グリーナウェイ版“テンペスト”ともいえる『プロスペローの本』と時代背景が近い『英国式庭園殺人事件』のときには、 パーセルの音楽を現代化するといったアイデアがあったわけですが、今回は音楽を作るうえであらかじめ決まったアイデアがあったのでしょうか。

マイケル・ナイマン(以下MN) 『英国式庭園殺人事件』が17世紀の終わりで、『プロスペローの本』が17世紀の初頭ということで、歴史的な音楽を参照することが最も簡単な方法なのですが、 今回はそういうことは一切考えませんでした。ピーターの映画はそんな17世紀、ルネサンス後期の世界をまったく独自に再構築し、音楽についてもまったく予想もつかないような、 歴史的な音楽とは無縁の曲を作りました。まったく自由な発想で無作為に音楽を参照し、強いていえば後期ロマン主義とか、1950年代、70年代の細分化された音楽に近いものになっています。

 今回の音楽で最も重要な曲は、映画の中盤、ミランダとフェルディナンドの結婚式の場面に使われる<The Masque>です。この場面はミュージカルのようなかたちをとり、 どこだけを取り出して巨大なビデオ・クリップのように見ることもできるし、もう一方では、クライマックスといってもいいような、映画の中核に位置するものでもあります。この曲のアイデアは、 映画からまったくかけ離れたところから浮かんできたもので、3人の女性シンガー、まったく異なる声、オペラ、キャバレー、 ロックというまったく違う歌の伝統を持ったシンガーを組み合わせるというゲームは、わたしにとって実験的な試みでした。


 


――『コックと泥棒、その妻と愛人』も今回の作品も映画のキーになる曲を中心に映画からオペラ的なダイナミズムが引き出されていると思うのですが。

MN 『コックと泥棒、その妻と愛人』のラストでは、まずわたしがピーターにあの場面のための曲を渡し、彼が現場でそのテープを流しながら具体的な演出を進めていきました。 これはとても嬉しいことでした。音楽が映画に影響を及ぼし、優位を占めてもいるわけですから。『プロスペローの本』の< The Masque >にも同じことがいえます。 しかも今回は3人のシンガーを使ってもいますし。作曲家としての自分の立場も映画監督に近いものといえます。というのも、より洗練され、 しかも複雑な要素をコントロールするのがオペラということになるわけですから。オペラに近いかたちを通じた映画と音楽の密接な関係はとても興味を感じる方向です。 この2本の映画では、それがいい結果をもたらしていますが、今回の< The Masque > のシーンでは、グラフィックな要素やナラティブな展開が非常に複雑で、 それに合わせるために曲がいくぶんカットされているので、ぜひCDで全曲を聴いてもらえればと思います。

――グリーナウェイとの作業では撮影の前に基本的な音楽ができあがっているわけですが、今回の映画を観た感想は。

MN とても面白いと思ったのは、矛盾というか、パラドックスといえばいいのか。設定は17世紀初頭で、20世紀末の映画には最先端の映像技術が駆使されている。 一方には歴史的な要素があり、一方には現代的な要素があって、それが奇妙に共存しているということです。音楽の方は直観的に作ったわけですが、歴史的な音楽を使わなかったのは正解だったと思います。 なぜならピーターの映画は、時代を飛び越えてクロスさせ、わたしの音楽もまたまったく違った方法でより豊かな音楽になったと思うからです。

――あなたは、映画、オペラ、ダンス・ミュージックなど様々なメディアの音楽を手がけているわけですが、もっと根底のところではあなた自身が?Death Music?という言葉を使っているように、 現代のレクイエムを作りつづけているように思えるのですが。

MN ピーターの映画には、セックスや食べることなどとともに、死に対するはっきりしたオブセッションがありますが、わたしの場合はそれほど極端ではないと思います。 確かに、ピーターの映画とは無関係にわたしはたくさんの“Death Music”を書いています。『コックと泥棒、その妻と愛人』で使われた <メモリアル>はサッカーの試合で死亡したファンに捧げた60分の作品の一部で、 元々は架空の死ではなく現実的な死に対するわたしの直接的な感情の表明であり、また、地震の死者に捧げる曲なども書いています。これはある種のレクイエムのモードというものにわたしが親しみをおぼえ、 自然なものを感じるからです。西洋音楽の歴史のなかには、死に対するきまった表現モードが作り上げられ、わたしはそのラインを引き伸ばしているようにも思います。

――『髪結いの亭主』に描かれる男と女の愛を縁取っているのも老いて死を待つ老人であったり、ヒロインの死であったりするわけですが、音楽を担当するうえで、あなたがこの映画に引かれた部分というのは、具体的にどんなところですか。

MN この映画に描かれる死は、あまりにも誇張されているように思えて、わたしには少し不快でした。わたしがこの映画で興味を持ったのは、エロティシズムです。ルコントの映画の雰囲気はとても室内楽に近いと思います。 男女の手が触れ合うやさしさはとてもエロティックで、ポルノ映画よりも、ピーターの映画のエロティックな部分よりもはるかにエロティックだと思います。音楽はそのエロティックなイメージと美しい関係を作り上げています。しかし、ピーターとルコントの映画では、 わたしの音楽のプロセスというものがまったく違います。それはルコントのサントラが出ないことが端的に物語っているわけですが、これはあくまで作品を引き立てるために機能している音楽に過ぎないということです。ピーターの映画では、 わたしの音楽はサントラであると同時に映画から完全に独立したマイケル・ナイマンの音楽でもあるのです。だから『プロスペローの本』のサントラとこの5年間にわたしが書いた曲をまとめた「ストリング・カルテット」がいっしょにリリースされると、 ふたつがまったく違った音楽に感じられるかもしれませんが、わたしにとっては間違いなく自分の音楽なのです。

――あなたの音楽は、これまでの作品も昨晩の演奏についても感じることですが、たとえば音の強弱、リズム、メロディに至るまで徹底して両極に向かい、それが独特の世界を作っていると思うのですが、そのこだわりはどこからきているのでしょうか。

MN 確かに一方で、わたしの音楽は非常に活気のみなぎるようなものになりますが、そう、それは少なくともわたしの個性を直接的に表現しているわけではありません。わたしはそれほど精力的な人間ではありませんから。 これは音楽的な本能からきているとしかいいようがないですね。また一方で、わたしの音楽の流れには、際立ったリリシズムや穏やかさがありますが、わたしという人間自体はもっと荒々しいと思います。本を書いたり、映画を作る場合には、 まわりにたくさんの現実があり、それをメタファーとして使うことができますが、音楽の場合にはそういったものから独立したプロセスがあり、まったくかけ離れた言語として発展しているので、わたしのふたつの音楽の流れがどこからきているのかというのを語るのはとても難しい。 これはあまりにも複雑な課題なので、次回のインタビューのときにでも、またお話しましょう。

 マイケル・ナイマンが徹底した音楽人間であることは、この彼の発言がよく物語っている。興味深いのは、ナイマンが強いて言葉にしようとしない部分である。彼は、死に対するオブセッションについては、具体的なイメージを支配しているグリーナウェイにあっさりと譲ってしまう。 評論家としても活動してきた経歴を持っているナイマンが、言葉にすることができないものを、音楽言語で表現する。そこにナイマンの音楽の深さがあるようにも思う。彼の音楽は聴けば聴くほど、死に対するオブセッションを感じる。現代のレクイエムという言葉がふさわしい音楽である。

 
《関連リンク》
Michael Nyman Official site
マイケル・ナイマン 01 ■
マイケル・ナイマン 02 ■
Nyman & McAlmont 『The Glare』 レビュー ■
マイケル・ナイマンのポーランド・コネクション ■
マイケル・ナイマン・インタビュー01 ■
マイケル・ナイマン・インタビュー03 ■

 
amazon.co.jpへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp

back topへ




■Home ■Movie ■Book ■Art Music ■Politics ■Life ■Others ■Digital ■Current Issues


copyright